崖地の擁壁・石垣の補修に関するトラブル【図解】


隣接した土地に高低差がある場合、低地に土砂が流れこまないように擁壁(ようへき)を建造します。擁壁には、石作り・コンクリート作りなど色々な種類がありますが、このコラムでは馴染み深い「石垣」と書きますね。

「土地の境界」と「石垣」の関係


「下の土地(低地)」と「上の土地(高地)」の境界は、A・B・Cどこにあるか、お分かりですか?

 

正解は「A・B・Cどれもあり得る」です。

石垣と境界は関係ありません。『境界標』がA・B・Cどこにあるかが問題です。

      

『境界標』というのは、次のようなものです。

コンクリート製、石製、金属製など色々ありますが、地面などに刺さっているものです。

なお、境界標を破壊・移動・除去などして土地の境界を認識できないようにした場合、罰せられますので触らないようにご注意ください(刑法262条の2:境界損壊罪)。

 

コンクリート製、石製、金属製など色々ありますが、地面などに刺さっているものです。

なお、境界標を破壊・移動・除去などして土地の境界を認識できないようにした場合、罰せられますので触らないようにご注意ください(刑法262条の2:境界損壊罪)。

石垣を補修しようとするときに発生するトラブルには、境界の位置が関係します。


高地、低地いずれかの所有者が石垣を補修しようとしたとき、トラブルの芽が発生します。

  1. まず、石垣の所有者でないと石垣を取り壊しできません。【1】
  2. 次に、石垣を建て直すなら自分の土地に収まる形の石垣を建てる必要があります。【1】
  3. 最後に、高地の所有者、低地の所有者の両方がお金を出せれば良いのですが、どちらかが経済的に余裕がないことがよくあるということです。

【1】いずれも話し合いで別の解決をすることも可能です。

 

さきほどのイラストで、トラブル内容を整理すると次表のようになります。

             

境界の位置が

Aのとき

 

             

境界の位置が

Bのとき

 

              

境界の位置が

Cのとき

 

〇取壊しの承諾不要

〇高地の庭は減少せず

〇低地の庭は減少せず

 

〇取壊しの承諾不要

△高地の庭が減少(小)

〇低地の庭が減少せず拡大(小)

〇取壊しの承諾不要

×高地の庭が減少(大)

〇低地の庭が減少せず拡大(大)

 

×今の石垣取壊しに低地の承諾が必要

〇高地の庭は減少せず

〇低地の庭が減少せず

 

×今の石垣取壊しに低地の承諾が必要

△高地の庭は減少(小)

〇低地の庭が減少せず拡大(小)

×今の石垣取壊しに低地の承諾が必要

×高地の庭が減少(大)

〇低地の庭は減少せず拡大(大)

 

△取壊しの承諾を念のためとっておく。

〇高地の庭は減少せず

〇低地の庭が減少せず

 

△取壊しの承諾を念のためとっておく

△高地の庭は減少(小)

〇低地の庭が減少せず拡大(小)

△取壊しの承諾を念のためとっておく

×高地の庭が減少(大)

〇低地の庭は減少せず拡大(大)

 

×今の石垣取壊しに高地の承諾が必要

〇高地の庭は減少せず拡大(大)

×低地の庭は減少(大) 

×今の石垣取壊しに高地の承諾が必要

〇高地の庭は減少せず拡大(小)

△低地の庭は減少(小)

×今の石垣取壊しに高地の承諾が必要

〇高地の庭は減少せず

〇低地の庭は減少せず 

低地

〇取壊しの承諾不要

〇高地の庭は減少せず拡大(大)

×低地の庭が減少(大)

 

〇取壊しの承諾不要

〇高地の庭は減少せず拡大(小)

△低地の庭が減少(小)

〇取壊しの承諾不要

〇高地の庭は減少せず

 

〇低地の庭は減少せず

△取壊しの承諾を念のためとっておく

〇高地の庭は減少せず拡大(大)

×低地の庭が減少(大)

△取壊しの承諾を念のためとっておく

〇高地の庭は減少せず拡大(小)

△低地の庭が減少(小)

△取壊しの承諾を念のためとっておく

〇高地の庭は減少せず

 

〇低地の庭は減少せず

高地

〇取壊しの承諾不要

△高地所有者は石垣の中心がA(境界上)になるように石垣を建てたがる。 

〇取壊しの承諾不要

○現在の位置に石垣を建てれば高地・低地の庭は減少しない。

〇取壊しの承諾不要

△低地所有者は石垣の中心がC(境界上)になるように石垣を建てたがる。 

低地

〇取壊しの承諾不要

△高地所有者は石垣の中心がA(境界上)になるように石垣を建てたがる。

〇取壊しの承諾不要

○現在の位置に石垣を建てれば高地・低地の庭は減少しない。

〇取壊しの承諾不要

△低地所有者は石垣の中心がC(境界上)になるように石垣を建てたがる。

〇取壊しの承諾不要

△高地所有者は石垣の中心がA(境界上)になるように石垣を建てたがる。

〇取壊しの承諾不要

○現在の位置に石垣を建てれば高地・低地の庭は減少しない。

〇取壊しの承諾不要

△低地所有者は石垣の中心がC(境界上)になるように石垣を建てたがる。

【1】石垣の所有者が不明であるときに、民法229条(境界標などの共有推定)が適用はあるのかについては、次項で。

高地・低地どちらが工事するかによって、工事完了後利用できる土地の広さに変更(損・得)が生じることがあり得る!

石垣所有者が不明なときに民法229条(境界標などの共有の推定)の適用はあるのか?!


石垣所有者が不明なときには、民法229条が類推適用される。

民法229条

境界線上に設けた境界標、囲障、障壁、溝及び堀は、相隣者の共有に属するものと推定する。

東京地裁H20.6.13判決

石垣に対して、民法229条が直接適用されるか、類推適用されるかについて判断したもの裁判例ではありませんが、所有者決定に際して考慮された事情等が参考になります。

傾斜地のひな壇状の土地のうち、高い位置の土地を所有する原告が、建物建て替えに際し、被告が所有する低い位置の土地との境の擁壁(本件擁壁)を一部分撤去し、新たな塀を建築しようとしたところ、被告が本件擁壁は原被告の共有であり、撤去するのは違法である等と主張するため、被告に対して、本件擁壁の撤去の妨害禁止を求める本訴を提起したところ、反訴において、被告が原告に対し、本件擁壁の撤去禁止等を求めた事案において、本件擁壁は原告の単独所有であるが、これから生じる空間を被告が自由に利用することは法的保護に値する利益であり、原告が、現在の計画でこれを撤去することは権利の濫用にあたるとして、本訴請求は一部認容にとどまるとし、反訴の一部を認容した事例(WestlawJAPAN)

一般的に,傾斜地などで高さに違いがある2つの土地の間に擁壁が設けられている場合,その擁壁は,高い位置にある土地の土留めの役割を果たすことから,高い位置にある土地の敷地内に設けられ,その権利は高い位置にある土地の所有者に帰属するものと考えられている。

不動産会社が造成,分譲の際に作成し,権利者にも交付した「全体配置図,面積表」によれば,いずれの区画においても,高い位置にある土地と低い位置にある土地との間には擁壁が設置されているところ,その擁壁部分は,図面上,その障壁を挟んで高い位置にある方の土地の区画を示す「敷地境界線」の内側に描かれていること,また,各区画の敷地面積は,擁壁部分の面積も含むものとして示されていることが認められる。

本件擁壁は客観的にみると,その大部分が原告土地の区画内に存在するものであることは明らかである。しかも,仮に,低地所有者が主張しているように,当初から本件擁壁が上下両土地の所有者の共有であるとの前提で分譲されるのであれば,分譲業者としては,両土地の所有者が負担する擁壁部分が平等になるように,境界標を中心として,それぞれの土地に同じ幅だけ擁壁が存在するように擁壁を設置したはずであるところ,実際には,本件擁壁だけではなく,他の区画の間の擁壁についてもすべて,擁壁の大部分が高い位置にある土地の区画内に収まるように設置されているのであるから,有楽土地による造成,分譲の際は,擁壁は高い位置にある土地の所有者に帰属するものと考えられていたと推認するのが相当である。したがって,本件擁壁についても,その大部分が所有区画内に含まれている原告の所有に帰属するものというべきである

石垣補修工事の費用負担者


いずれの裁判例も共通しているのは・・・以下の3点です。

また、裁判例が多い分野ではありませんが、これらから外れる判断をした裁判例は見つかりませんでした。

① 低地所有者は、高地所有者に対して、高地所有者の費用負担で擁壁工事を請求することはできない。

② 民法223条、226条、229条、232条等の規定を類推適用して、相隣者たる低地所有者及び高地所有者が共同の費用をもつてこれを設置すべき

③ 予防工事実施、費用分担などについては、まず相隣地当事者間で協議し、もし協議が調わないときは一方でこれを施工したうえ他方にその分担すべき費用の補債を請求すべき

●横浜地裁S61.2.21判決(擁壁工事の費用負担)

要旨 隣地との間に約四メートルの高低差のある低地所有者から高地所有者に対し所有権に基づく妨害予防請求としてなされた擁壁の改修請求について、土地相隣関係調整の見地から、低地所有者に改修費用の三分の一を負担させて認容した事例(WestlawJAPAN)
理由 両土地相隣関係にあり、高地の崩落を予防することは低地にとつても等しく利益になり、その予防工事に莫大な費用を要することも明らかであるから、右予防工事については土地相隣関係調整の見地から、低地所有者の求める新擁壁の如きは、高低地間の界標、囲障、しよう壁等境界線上の工作物に近い性質を併有することを考え、民法223条、226条、229条、232条等の規定を類推適用して、相隣者たる低地所有者及び高地所有者が共同の費用をもつてこれを設置すべきものと解するのが相当である。

そこで更に右費用負担の割合につき検討するに、低地は、昭和35.6年ころ、高地に隣接する部分につき、約2mの切土がなされて宅地造成がなされ、このため、高地側に高さ約2mの旧擁壁が造られたことが推認でき、また、高地所有者は、昭和42年夏ころ、高地に高さ約2mの盛土をして低地よりその地上面が約4.1m高い平坦地とし、このため、旧擁壁上に大谷石を三段高さ約1m分積み加えて大谷石一〇段積高さ約3.1mの本件擁壁を造つたものであるから、高さ約3.1mの本件擁壁のうち、高さ約2mの部分は、高地低地双方にとつて等しく改修の利益があり、高さ約一メートルの部分は高地所有者にとつてのみ改修の利益があるものとみうるところ、右事実のほか本件にあらわれた諸般の事情を斟酌すると、低地所有者は高地所有者に対し、高地所有者の費用を二、低地所有者の費用を一とする割合の費用負担をもつて、本件擁壁を新擁壁に改修することを求めうるというべきである。

●東京高裁S58.3.17判決(擁壁工事の費用負担)

要旨

◆相隣地間において人為的作為に基づくことなく、一方の土地からの土砂の崩落の危険が存する場合に、他方の土地所有権又は占有権に基づいて危険防止措置を請求することはできない。

◆相隣地所有者の共同の費用で講ずべきであるとして、他方の土地所有者の危険防止措置としての防護擁壁設置工事施行の請求を棄却(WestlawJAPAN)

理由

相隣地の関係にある場合には、右のような危険は相隣地両地に共通に同時に発生する特性を有するものであり、右予防措置を講ずることは相隣地両地にとって等しくその必要性があり利益になるものといえるうえ、これを実施するには多大の費用を要することが一般であるから、このような場合において、一方の土地の所有者又は占有者にかかる請求権を認めることは著しく衡平に反するものといわねばならないからである。そして、このような場合には、むしろ土地相隣関係の調整の立場から民法223条、226条、229条、232条の規定を類推し、相隣地所有者が共同の費用をもって右予防措置を講ずべきである。(なお、予防措置のための工事の実施、費用分担などについては、まず相隣地当事者間で協議し、もし協議が調わないときは、一方でこれを施工したうえ、他方にその分担すべき費用の補債を請求すべきである。)。

●東京高裁S51.4.28判決(擁壁工事の費用負担)

要旨

◆土地相隣関係の調整の見地から、高所の仮換地と低地とが相隣接している場合の仮換地からの土砂崩壊予防のためのよう壁は、仮換地使用収益権者と低地所有者との共同の費用で設置すべきであるとして、低地所有者の右予防工事施行の請求を棄却した事例(WestlawJAPAN)

理由

右予防については、土地相隣関係の調整の見地からこれを考えるべきものと解されるが、民法上その直接の規定を欠く。もつとも民法第216条はこの場合に比較的近いようであるが(この場合には、損害を受けるおそれのある土地所有者が相隣地所有者に対しその費用をもつて予防工事を求めうる。)、同条は水流に関し、しかも工作物の破壊ないし阻塞による損害の場合であるから、本件のように単に土砂崩壊による損害の場合に類推するのは適当でなく、むしろ本件において一審原告今井が設置を求める擁壁のごときは、高地低地間の界標、囲障、しよう壁境界線上の工作物に近い性質をあわせ有することも考えると、民法第223条、第226条、第229条、第232条等の規定を類推し、相隣者たる一審原告今井、一審被告高島が共同の費用(通常は平分と解する。)をもつてこれを設置すべきものと解するのが相当である。したがつて、一審原告今井が一審被告高島に対しその費用のみをもつて本件予防工事の実施を求める請求は理由がないとせざるをえない(右予防工事の実現については、両者の協議、合意でまずなすべきであるが、協議が整わないときは一方がまずこれを施工したうえ、その費用の補償を他方に請求すべき筋合である。)。

石垣を補修せずに建物を建築する場合


石垣の強度が心配だけれども、お隣さん(高地所有者・低地所有者)との協議がまとまらない。

そんなときにも建物を建築することは可能です。

大抵の都道府県には、名前は各県によって色々ですが通称「がけ条例」と呼ばれる条例があります。

兵庫県建築基準条例第2条第1項

がけ地(がけ〔地表面が水平面に対し30度を超える角度をなす土地をいう。以下この条において同じ。〕を有し、又はがけに接する建築物の敷地をいう。)に建築物を建築する場合においては、がけの表面の中心線から、がけ上及びがけ下の建築物までの水平距離は、それぞれのがけの高さの1.5倍(がけの高さが2メートル以下の場合又はがけの地質により安全上支障がない場合においては、1倍)以上としなければならない。ただし、がけが岩盤若しくは擁壁等で構成されているため安全上支障がない場合又は建築物の用途若しくは構造により安全上支障がない場合においては、この限りでない。

石垣が擁壁として不適格である場合の建築

高地所有者

の対応方法

土地を掘って建築物の基礎を30度以下(がけではない土地)にしてしまう。

土地に深く杭を打って30度以下にしてしまう。

高地所有者

の対応方法

石垣から離して建築物を建てる。

∵石垣に建物の重みがかかるのを防ぐため

低地所有者

の対応方法

石垣から離して建築物を建てる。

∵石垣が崩れても建物に被害が及ばないようにするため

低地所有者

の対応方法

頑丈な建築物を建てる。

∵石垣が崩れても建物内部にいる人間を守れるようにするため

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