役員退職慰労金の決定方法


実務上「退任取締役の退職金が対外的に明らかにならないようにしたい」という要請がありますが、可能でしょうか?

また、株主総会で確定した退職金額を承認する場合においても「退職慰労金規程」を設ける必要はあるのでしょうか?

さらに、退職慰労金規程の承認機関は、株主総会でしょうか?取締役会でしょうか?

もくじ
  1. 役員退職慰労金の額を決定する機関はどこか?!
  2. 役員退職慰労金規程の役割(メリット)
  3. 「規程の制定」から「具体的な贈呈」までの流れ
  4. まとめ
  5. 人気の関連ページ

役員退職慰労金の額を決定する機関はどこか?


役員退職慰労金は、会社法第361条に定める「取締役の報酬等」には例示されていませんが、「職務執行の対価として支払われるもの」であるから会社法第361条の適用を受けます【1】。なお、指名委員会等設置会社については報酬委員会で決定することとなります(会社法404Ⅲ、409)が、本記事では触れません。 

会社法第361条(取締役の報酬等) 
   取締役の報酬、賞与その他の職務執行の対価として株式会社から受ける財産上の利益(以下この章において「報酬等」という。)についての次に掲げる事項は、定款に当該事項を定めていないときは、株主総会の決議によって定める。

一 報酬等のうち額が確定しているものについては、その額

二 報酬等のうち額が確定していないものについては、その具体的な算定方法

三~六 (略)

監査役については会社法387が次のとおり定めています。

会社法第387条(監査役の報酬等) 
  
  1. 監査役の報酬等は、定款にその額を定めていないときは、株主総会の決議によって定める。
  2. 監査役が二人以上ある場合において、各監査役の報酬等について定款の定め又は株主総会の決議がないときは、当該報酬等は、前項の報酬等の範囲内において、監査役の協議によって定める。
  3. 監査役は、株主総会において、監査役の報酬等について意見を述べることができる。 

会社法第361条、第387条によると、役員退職慰労金を支給するには、次のいずれかが必要です。

  1. 定款に「額が確定しているもの【2】については、その額」を記載する。
  2. 定款に「具体的な計算方法」を記載する。
  3. 役員が退職する都度、株主総会で「額が確定しているもの【2】は、その額」を承認する。
  4. 役員が退職する都度、株主総会で「具体的な計算方法」を承認する。

しかしながら、実務上、退任取締役の退職金の額が対外的に明らかにならないようにしたいという要請があります。これら以外に方法はないのでしょうか?ちなみに・・・

  1. 取締役会で決定することは、認められません。∵不当に高額な退職慰労金の設定がなされる(いわゆる「お手盛り」)ことを防止するためです。
  2. 株主総会で取締役会に一任することも同様の理由で認められません。
●最高裁昭和39年12月11日判決
   原判決は、従来被上告会社(被控訴会社)において退職した役員に対し慰労金を与へるには、その都度株主総会の議に付し、株主総会はその金額、時期、方法を取締役会に一任し、取締役会は自由な判断によることなく、会社の業績はもちろん、退職役員の勤続年数、担当業務、功績の軽重等から割り出した一定の基準により慰労金を決定し、右決定方法は慣例となつているのであるが、辞任した常任監査役高木吾平に対する退職慰労金に関する本件決議に当つては、右慣例によつてこれを定むべきことを黙示して右決議をなしたというのであり、右事実認定は、挙示の証拠により肯認できる。株式会社の役員に対する退職慰労金は、その在職中における職務執行の対価として支給されるものである限り、商法二八〇条、同二六九条にいう報酬に含まれるものと解すべく、これにつき定款にその額の定めがない限り株主総会の決議をもつてこれを定むべきものであり、無条件に取締役会の決定に一任することは許されないこと所論のとおりであるが、被上告会社の前記退職慰労金支給決議は、その金額、支給期日、支給方法を無条件に取締役会の決定に一任した趣旨でなく、前記の如き一定の基準に従うべき趣旨であること前示のとおりである以上、株主総会において金額等に関する一定の枠が決定されたものというべきであるから、これをもつて同条の趣旨に反し無効の決議であるということはできない。

最判S48.11.26、最判S58.2.22も同趣旨。さらに厳しい要件を加える下級審裁判例も存在しますが、これらを整理すると、次のとおりになります。

株主総会で「額」も「計算方法」も明示せず有効な承認決議をするための条件

次の条件を全て満たす場合には、株主総会において「額」も「計算方法」も明示せずに有効な承認決議をすることができる。

  1. 会社に一定の確定された内規や慣行【3】が存在すること〔明確性〕
  2. その内容がお手盛り防止の基準に合致していること〔合理性〕
  3. 株主は、その内規・慣行の存在を知り得る状態にあること〔周知性・開示性〕

役員退職慰労金規程を制定する必要があります。

紛争になった場合に、慣行を証明することは困難ですので、予め内規すなわち役員退職慰労金規程を設けておく必要があります。


【1】退職慰労金は在職中の職務執行の対価と認められる限り報酬等に当たる(最判S39.12.11)。死亡の場合の弔慰金も報酬等に当たる(最判S48年11月26日)。

【2】「額が確定しているもの」とは、上限額が定まっているものをいう。

【3】「役員退職金規程」は、会社法361、同387条をそのまま読むと、株主総会で承認決議をしないといけないようにも読めますが、内規や慣行で良いということであれば、取締役会の決議で良いこととなります。

役員退職慰労金規程の役割(メリット)


本記事前段では、株主総会で退職金の「額も計算方法も」明らかにすることなく、適法に退職金を給付するためには「役員退職金規程」を設ける必要があることをご説明しました。

それ以外の場合、すなわち株主総会で「退職金の額や計算方法」を承認する場合にも「役員退職慰労金規程」を設ける必要はあるのでしょうか?

 

私は、次の理由から役員退職金規程を設けるべきであると考えます。

  1. 役員間の公平性を担保するため
  2. 退任取締役との紛争予防のため
  3. 税務署への説明のため

「規程制定」から「具体的な贈呈」までの流れ


役員退職慰労金規程(案)を作成

当グループにおいても作成を承ります。

役員退職慰労金規程(案)を取締役会で承認

規程を制定するか否か又は規程の内容は、取締役会が決定すれば良い(会社362)【1】

役員の退任

株主総会の招集

株主総会の招集に際して、株主に対して、株主総会参考書類を送付すべき場合【3】の「株主総会参考書類」へ記載すべき事項は次のとおりです。

会社法施行規則82条(取締役の報酬等に関する議案)
  
  1. 取締役が取締役(株式会社が監査等委員会設置会社である場合にあっては、監査等委員である取締役を除く。以下この項及び第三項において同じ。)の報酬等に関する議案を提出する場合には、株主総会参考書類には、次に掲げる事項を記載しなければならない。
    1. 法第361条第1項各号(取締役の報酬等)に掲げる事項の算定の基準
    2. 議案が既に定められている法第361条第1項各号に掲げる事項を変更するものであるときは、変更の理由
    3. 議案が二以上の取締役についての定めであるときは、当該定めに係る取締役の員数
    4. 議案が退職慰労金に関するものであるときは、退職する各取締役の略歴
    5. 株式会社が監査等委員会設置会社である場合において、法第361条第6項の規定による監査等委員会の意見があるときは、その意見の内容の概要
  2. 前項第4号に規定する場合において、議案が一定の基準に従い退職慰労金の額を決定することを取締役、監査役その他の第三者に一任するものであるときは、株主総会参考書類には、当該一定の基準の内容を記載しなければならない。ただし、各株主が当該基準を知ることができるようにするための適切な措置を講じている場合は、この限りでない。

具体的な議案に起こすと次のようになります。

  議題 退任取締役に対する退職慰労金贈呈の件【4】  
   【5】本定時総会終結の時をもって退任される〇〇〇〇氏【6】に対して、その在任中の労に報いるため【7】、当社所定の基準に従い【8】相当額の範囲内で役員退職慰労金を贈呈したいと存じます。なお、その具体的な金額、贈呈の時期、方法等は取締役会にご一任願いたいと存じます。

退任取締役の略歴は次のとおりであります。

 
  氏名 略歴【9】  
  ○○○○氏

昭和○年○月○日当社取締役

平成○年○月○日当社代表取締役

現在に至る

 
   
           

株主総会の普通決議による承認

取締役には株主から質問を受けた場合に回答する義務(説明義務)があります(会社法314)【10】 

取締役会の決議

取締役会で具体的な金額、支給時期及び支給方法を決定する。

又は

取締役会で「具体的な金額、支給時期及び支給方法は、社長に一任」との承認を得る。【11】

確定日付の付与

役員変更登記に添付する株主総会議事録に退職金を承認した旨の記載がない場合などには、支給を決定した議事録に「公証人の確定日付付与」を受けておくことをオススメしています。

これは対税務署との関係で、日付を遡った議事録などということを言われないためです。

記事「確定日付の効力と要件」もご参照ください。

(公開会社の場合)事業報告による情報開示

公開会社が退職慰労金を贈呈した場合には、翌事業年度の総会で「株式会社の会社役員に関する事項」として事業報告の内容に含める必要があります(会社法施行規則119Ⅱ、121Ⅳ)。

 


【1】会社法361Ⅰをそのまま読むと、役員退職金規程は株主総会で制定しないといけないように読めますが、判例や学説によると、「役員退職慰労金規程」は内規や慣行で良いということですので、取締役会の決議で良いこととなります。

【3】次の2つの場合です。

  • 株主総会に出席しない株主が書面によって議決権を行使することができることとするとき(会社301)
  • 株主総会に出席しない株主が電磁的方法によって議決権を行使することができることとするとき(会社302)

【4】議題:議案のタイトルのことです。

【5】議案:具体的に株主総会に承認して欲しい項目です(会社法施行規則73Ⅰ①)。

【6】議案が2名以上の取締役についての定めであるときは、当該定めに係る取締役の員数を記載しないとならない(会社法施行規則82Ⅰ③)ところ、議案が退職慰労金に関するものであるときは、退職する各取締役の略歴をも記載を要する(会社法施行規則82Ⅰ④)ので、そちらで明らかにすれば足りる。

【7】株主総会参考書類には「提案理由」を記載しないとならない(会社法施行規則73Ⅰ②)ところ、このように記載します。また、創業役員である場合にはその旨も記載すると良いでしょう。

【8】役員退職慰労金規程の存在を明らかにするため、このように記載します。規程そのものを株主総会参考書類に添付する必要があるかについては、会社法施行規則82条2項が定めています。

原則 議案が一定の基準に従い退職慰労金の額を決定することを取締役、監査役その他の第三者に一任するものであるときは、株主総会参考書類には、当該一定の基準の内容を記載しなければならない。
例外 各株主が当該基準を知ることができるようにするための適切な措置【8-2】を講じている場合には、株主総会参考書類には、当該一定の基準の内容を記載する必要はない。

【8-2】役員退職慰労金規程を本店に備え置き、株主の閲覧に供すればよい。

【9】議案が退職慰労金に関するものであるときは、退職する各取締役の略歴も記載を要する(会社法施行規則82Ⅰ④)。

【10】東京地裁昭和63年1月28日ブリヂストン株主総会決議取消訴訟判決は、会社法314条取締役の説明義務違反を理由として株主総会決議が取り消された裁判例です。参考のためにダメだとされた説明を掲載し、それに続けてどう説明すれば良かったのかを掲載します。

  議長 退任取締役及び退任監査役に対する退職慰労金贈呈の件でございます。お手元資料二一頁から二二頁に記載してあります通り取締役九名、監査役一名に対し、当社所定の基準に従い相当の範囲内で退職慰労金を贈呈いたしたいと存じます。贈呈の金額、時期、方法等は退任取締役については取締役会に、退任監査役については監査役の協議にそれぞれ御一任いただきたいと存じます。それでは本議案について賛否をお諮りいたします。

九八番(土田信夫君) 反対意見、反対意見、議長反対意見があります。

議長 どうぞ。議案関連の質問を受けます。

九八番(土田信夫君) もちろんです。ただいまの議案ですが、金額も支払いも時期も方法も明示されずに、ただ賛成せよということでは、私は一向に賛成できませんが、せめて金額でも明示することはできませんか。

議長 できません。金額については個人、個人にかかわる問題でございますので、ご了承いただきたいと思います。

九八番(土田信夫君) そんなことはないでしよう。

議長 いや、慣例ございませんので。

九八番(土田信夫君) 法律的に言つたらどういう条項で、どういう論理で明示しなくてもいいということですか。

議長 今までも慣例として御報告いたしておりません。十分御理解をいただきたいと思います。

九八番(土田信夫君) 法律的な裏付けはどうなんですか。

議長 時間でございます。ここでは法律問題を論争する場所ではございません。私たちは適法と考えております。適法であります。

九八番(土田信夫君) わかりました。それじや、聞きますよ。

議長 それでは、本議案に賛成の方。

(「議長、横暴じやないか」と呼ぶものあり。その他発言する者多し。)

(拍手)

議長 ありがとうございます。本議案は、議決権行使書をご提出の株主を含め多数のご賛成をいただきましたので、原案どおり承認決定されました。

(拍手)

ブリジストン経営陣が説明すべきであった事項は次のとおりです。

  1. 一定の基準「役員退職金規程」が設けられていること〔明確性〕
  2. その基準であれば支給額を一意的に算出できること〔合理性〕
  3. その基準は本店に備え置く方法で株主に公開されていること〔周知性・開示性〕
  4. 基準があったとしても株主総会で具体的金額を明示するには調査が必要であること、そのため今時株主総会では具体的金額を説明できないこと

【11】「社長に一任」は、社長の監督機関でもあるべき取締役会の機能を損ねるのでダメだという見解があることにご注意ください。

まとめ


⑴ 役員退職慰労金規程を作成し取締役会で承認決議しておく

株主から閲覧等の請求があった場合には、いつでも開示できる用意をしておく。

⑵ 役員退職金の承認を得る場合の注意点

退職金の額を・・・ 注意点
株主に知られてもよい 株主総会で「退職金の(上限)額そのもの」を決議すれば良い。
株主に知られたくない
  1. 役員退職慰労金規程を本店に備え置きする。
  2. 株主総会で「役員退職金規程に基づき」算出する旨の承認を得る。
  3. 株主総会招集通知に株主総会参考書類の同封を要するときは必要的記載事項に注意する。
  4. 株主総会で説明責任を果たす。
  5. 具体的な金額は(株主総会の承認後)取締役会で決定する。

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