デット・エクイティ・スワップ実行時の会社法207条9項4号と同5号の使いわけ基準


デット・エクイティ・スワップを行なう場合には「現物出資に関する検査役の調査」を省略するための手続を行なう(書類を準備する)のが通常です。

 

この記事では、会社法207条9項4号又は同5号のいずれを採用すべきか決める「基準」にクローズアップします。

もくじ
  1. 前提(検査役の調査を省略できる場合)
  2. 本稿のテーマとするデット・エクイティ・スワップ
  3. 会社法207条9項4号と同5号の使いわけ
    1. 条文の確認
    2. 「会計帳簿」の必要的記載事項
  4. 一応の結論
  5. ただし・・・

前提(検査役の調査を省略できる場合)


検査役の調査を省略できるのは、下記5つの場合です(会社法207条9項)。

  1. 募集株式の引受人に割当て株式総数が発行済株式の総数の1/10を超えない場合
  2. 現物出資財産について定められた第199条第1項第3号の価額の総額が500万円を超えない場合
  3. 現物出資財産のうち、市場価格のある有価証券について定められた第199条第1項第3号の価額が当該有価証券の市場価格として法務省令で定める方法により算定されるものを超えない場合
  4. 現物出資財産について定められた第199条第1項第3号の価額が相当であることについて弁護士、弁護士法人、公認会計士、監査法人、税理士又は税理士法人の証明(現物出資財産が不動産である場合にあっては、当該証明及び不動産鑑定士の鑑定評価。以下この号において同じ。)を受けた場合
  5. 現物出資財産が株式会社に対する金銭債権(弁済期が到来しているものに限る。)であって、当該金銭債権について定められた第199条第1項第3号の価額が当該金銭債権に係る負債の帳簿価額を超えない場合

まず、3号は現物出資財産が市場価格のある有価証券(上場株式等)ということなので、デット・エクイティ・スワップとは関係ありません。

次に、1号と2号は最初から検査役の調査を省略できる場合ですので、本稿のテーマとは関係がありません。

したがって、整理すると・・・本稿において検討対象(テーマ)とするデット・エクイティ・スワップは次の通りになります。

本稿のテーマとするデット・エクイティ・スワップ


  • 今回、割り当てる株式総数が発行済株式の総数の1/10を超える場合

なおかつ

  • 現物出資財産の価額の総額が500万円を超える場合

会社規模から見ても、現物出資額だけを見ても、少し大き目のデット・エクイティ・スワップが本稿における検討対象となります。

会社法207条9項4号と同5号の使いわけ


現物出資を行なう場合には、原則として、裁判所選任の検査役に現物出資財産の価額の調査を受けることが必要です(会207Ⅰ)。

ただし、DESの場合には、検査役の調査を省略できるように、当然に会社法207Ⅸ④または⑤の要件を充足した手続を行なうことになります。

では、何を基準に4号と5号を使い分ければ良いのでしょうか?

条文の確認

会社法207条9項4号
 

現物出資財産について定められた第199条第1項第3号の価額が相当であることについて弁護士、弁護士法人、公認会計士、監査法人、税理士又は税理士法人の証明(現物出資財産が不動産である場合にあっては、当該証明及び不動産鑑定士の鑑定評価。以下この号において同じ。)を受けた場合  当該証明を受けた現物出資財産の価額

会社法207条9項5号
  現物出資財産が株式会社に対する金銭債権(弁済期が到来しているものに限る。)であって、当該金銭債権について定められた第199条第1項第3号の価額が当該金銭債権に係る負債の帳簿価額を超えない場合  当該金銭債権についての現物出資財産の価額

5号を使おうとすると、登記申請の際には、会計帳簿記載額を超えていないことの証明のために「会計帳簿」の添付が必要とされています(商登法56③二)。

商業登記法第56条(募集株式の発行による変更の登記)
  募集株式(会社法第199条第1項に規定する募集株式をいう。第1号及び第5号において同じ。)の発行による変更の登記の申請書には、次の書面を添付しなければならない。

一 募集株式の引受けの申込み又は会社法第205条第1項の契約を証する書面

二 金銭を出資の目的とするときは、会社法第208条第1項の規定による払込みがあつたことを証する書面

三 金銭以外の財産を出資の目的とするときは、次に掲げる書面

 イ 検査役が選任されたときは、検査役の調査報告を記載した書面及びその附属書類

 ロ 会社法第207条第9項第3号に掲げる場合には、有価証券の市場価格を証する書面

 ハ 会社法第207条第9項第4号に掲げる場合には、同号に規定する証明を記載した書面及びその附属書類

 ニ 会社法第207条第9項第5号に掲げる場合には、同号の金銭債権について記載された会計帳簿

四 検査役の報告に関する裁判があつたときは、その謄本

五 会社法第206条の2第4項の規定による募集株式の引受けに反対する旨の通知があつた場合において、同項の規定により株主総会の決議による承認を受けなければならない場合に該当しないときは、当該場合に該当しないことを証する書面

出来るだけ手間の少ない方法を採用するべきでしょう。そうすると、法が要求している「会計帳簿」を添付できるか否かで使い分ければ良いと思います。すなわち、次のとおり整理できます。

会計帳簿を用意できる場合 5号(会計帳簿)
会計帳簿を用意できない場合 4号(税理士等の証明書)

次に、法が要求している「会計帳簿」を用意できるか否か、その要件を見てみましょう。

「会計帳簿」の必要的記載事項

  注意点
➊書類の種類
  • 会計帳簿であって計算書類ではないことに注意【0】
  • 会計帳簿の具体例としては、日記帳、仕訳帳、総勘定元帳、補助簿などの会計帳簿であること【1】。
  • 決算書の付属書類である「未払金の内訳書」「借入金の明細書」は会計帳簿ではありませんが、実務上添付書類として認められています。これに対して貸借対照表は会計帳簿ではないこと、貸借対照表には通常、債権者の氏名の記載がないことから添付書類として認められません【2】。
  • 複数の貸付金がある場合には、その貸付金が記載された会計帳簿の頁を全て提出すると膨大な量になるので、会社と債権者間で債務承認弁済契約を締結し、会計帳簿にあわせて債務承認弁済契約書を提出しても良い【3】。
  • 会計帳簿は、新たに書き起こしたものは駄目。
  • 会計帳簿の表紙と該当部分の写しを合綴し、これに代表者印を押したものを提出する。
➋債権者名
  • 明示されていること。 
➌債権を特定する事項
  • 債権の発生原因とその年月日(例.平成年月日付金銭消費貸借)
  • 債権者○○の当社に対する本日現在の貸付金1000万円のうち、平成25年9月14日付けの貸付金100万円から発生順に金600万円に満つるまで」との内容が記載された取締役会議事録はOK【4】

➍弁済期

  • 弁済期の記載がない場合には、代表取締役が当該債権の弁済期は既に到来している旨を奥書してもよい。
  • 弁済期未到来のものは債務者である会社が期限の利益を放棄すれば、現物出資することができる。但し、期限の利益の放棄について、利益相反が問題となる場面もあるのではないか。
  • 会計帳簿の記載から当該金銭債権の弁済期の到来の事実を確認することができない場合であっても,会社が期限の利益を放棄していないことが添付書面から明らかな場合を除き,これを受理して差し支えない【5】。
  • もっとも会社が期限の利益を放棄すれば良いという見解と、会社が期限の利益を放棄するのは株主の利益を損なうのでダメという見解もあります【6】ので、安易な期限の利益放棄には注意が必要です。

【0】一般的な「会計帳簿と計算書類の違い」については、記事「帳簿や決算書(計算書類)の提出を求められたときの対応」をご参照ください。

【1】土井敏行/商業登記実務Q&A/登記情報540号/5頁

【2】神﨑満治郎ほか/商号・法人登記360問/テイハン/H30/169頁

【3】櫻庭倫/平成26年商業・法人登記実務における諸問題/登記情報645号11頁。

債務承認弁済契約書単独では「会計帳簿の価額を超えていない」ことを証明できないため会計帳簿の添付は必要。結局、膨大な量の会計帳簿を添付する必要があるならば、債務承認弁済契約書+税理士等の証明書(会社法209条9項4号方式)に切り替えた方が良いということです。

【4】櫻庭倫/平成26年商業・法人登記実務における諸問題/登記情報645号10頁

【5】平成18年3月31日法務省民商第782号「会社法の施行に伴う商業登記事務の取扱いについて(通達)」20頁-第2部・第2・3⑵ウ(エ)d

  会社法第207条第9項第5号に掲げる場合には,同号の金銭債権について記載された会計帳簿(当該金銭債権に係る負債の帳簿価額を確認することができるもの)会計帳簿の記載から当該金銭債権の弁済期の到来の事実を確認することができない場合であっても,会社が期限の利益を放棄していないことが添付書面から明らかな場合を除き,これを受理して差し支えない。

【6】コンメンタール367頁以下など。

一応の結論


以上を整理すると、次のとおりです。

会計帳簿を用意できる場合

少ない会計帳簿で済みそうな場合

5号(会計帳簿)

会計帳簿を用意できない場合

会計帳簿が膨大な量になりそうな場合

会計帳簿を添付せず

4号(税理士等の証明書)

司法書士がデット・エクイティ・スワップを受託する場合に、4号・5号いずれを採用するかを早期に決定できるようにするためには、初回の事情聴取で「添付すべき会計帳簿の分厚さを想像できるか否か」に掛かっているといえます。

ただし・・・


専門家の証明についての注意事項(207Ⅹ)

社内の専門家は証明書を発行できない点には注意が必要です。

  10 次に掲げる者は、前項第4号に規定する証明をすることができない。
 取締役、会計参与、監査役若しくは執行役又は支配人その他の使用人
 募集株式の引受人
 業務の停止の処分を受け、その停止の期間を経過しない者
 弁護士法人、監査法人又は税理士法人であって、その社員の半数以上が第1号又は第2号に掲げる者のいずれかに該当するもの

この場合には、会計帳簿添付(207Ⅸ④)方式を採用するしかありません。