株式への質権設定を請求された会社の対応


非上場株式等についての納税猶予を受けると、株式の質入れを税務署(国税局)から請求されます。

会社や株主がお金を借りる場合にも、株式の質入れ(質権設定)を請求されることがあります。

そんなときにご参照ください。

もくじ
  1. なぜ抵当権ではなく、質権なのか?!
  2. 株式の質入れとは?!
    1. 質権の本来的効力
    2. 質権の本来的効力ゆえの「株式質の取扱い」
  3. 株式質の種類
    1. 略式株式質と登録株式質
    2. 株式譲渡担保との比較
    3. 株式質と株式譲渡担保の違い
  4. 株式譲渡承認決議は「いつの時点」で必要か?
  5. 株式質入れ後、株主総会招集通知は誰に出すのか?
  6. 登録株式質権者の株主名簿への記載方法
  7. 登録株式質権者からの株主名簿記載事項証明書交付請求への対応
  8. 質権が実行されたら、どうなるのか?!

〔凡例〕この記事では次のとおり略記します。

民:民法

会146Ⅰ:会社法第146条第1項

商:商法

なぜ抵当権ではなく質権なのか?!


住宅ローンや事業融資でお金を借りる場合、自宅や社屋に抵当権(根抵当権)を設定されることがあります。ところが、この抵当権をつけることができるのは不動産(土地・建物)に限定されています(民法369)【1】。

そこで、不動産以外の財産を担保にするときには「質権」を利用します。株式も不動産ではありませんので、抵当権の目的にすることはできず、質権を設定することとなります(会146Ⅰ)。 


【1】厳密には、質権/抵当権が設定できるのは次のとおりです。

  質権設定可否 抵当権設定可否
動産  ○(民352) ×(民369)
 自動車

×運行の用に供するもの

(自動車抵当法20)

○(自動車抵当法3)
 建設機械

○登記していない建設機械

×登記した建設機械

(建設機械抵当法25)

×登記していない建設機械

○登記した建設機械

(建設機械抵当法5)

 農業用動産

○登記しないもの

×登記したもの

(農業動産信用法12以下)

×登記しないもの

○登記したもの

(農業動産信用法12以下)

 立木 ×

○登記したもの

(立木ニ関スル法律2Ⅱ)

土地・建物 ○(民356) ○(民369Ⅰ)
地上権・永小作権 ○(民362) ○(民369Ⅱ)
不動産の賃借権 ○(民362) ×(民369)
漁業権 × ○(漁業法78)
採掘権 × ○(鉱業抵当法)

株式の質入れとは?!


質権の本来的効力

質権は、抵当権と似たようなものですが、少し違います【2】。

  1. 留置的効力(民362Ⅱ)。
  2. 優先弁済権(民342)。
  3. 転質権(民348)。
  4. 質権の物上代位的効力:質権の効力は、剰余金配当や残余財産分配等にも及びます(会151)。具体的には、金銭配当の場合、登録株式質権者はそれを受領し優先弁済に充てることができます(会154Ⅰ)。剰余金の配当を質権者が受けられるか否かに関する詳細は、コラム「株式を質入れする株主(会社)側のリスク」の項目「質権者は直接『剰余金の配当』を受けられるか?」をご参照ください。

【2】抵当権、質権、所有権などの権利を物権といいます。わが国の民法は、物権法定主義を定めており(民175)、物権の種類ごとの性質は、法律で定まっています。これは、「僕の所有権ではこの物を売ることができません」「私の所有権ではこの物を売れます」などという事態が発生すると混乱してしまうからです。

質権の本来的効力ゆえの「株式質の取扱い」

株券発行会社と株券不発行会社で、会社が求められる対応も異なります。

株券発行会社 株券不発行会社
  1. 会社が株主に株式を交付する一定の行為(会151①~③、⑥)を行う場合、質権者が登録株式質権者であるときは、株主が新たに受けることができる株券について(株主ではなく)登録株式質権者に株券を引き渡します(153Ⅰ)。
  2. 株式併合した株式にかかる株券又は株式分割した株式について新たに発行する株券についても同じです(153Ⅱ、Ⅲ)。
  1. 会社が株主に株式を交付する一定の行為(会151①~③、⑥)を行う場合、質権者が登録株式質権者であるときは、株主が新たに受けることができる株式について株主名簿に「質権者の住所・氏名を記載」します(会152Ⅰ)。
  2. 会社が株式併合または株式分割を行う場合、質権者が登録株式質権者である場合、併合した株式または分割した株式について、株主名簿に「質権者の住所・氏名又を記載」します(会152Ⅱ、Ⅲ)。

株式質の種類


略式株式質と登録株式質

株式に質権を設定する場合、「略式質」と「登録質」があります。

  株券発行会社 株券不発行会社
効力発生要件 質権設定契約+株券の引渡し(会146Ⅱ) 質権設定契約
対抗要件 <対会社・対第三者>【3】
A)質権者の住所・氏名を株主名簿に記載すること(会147Ⅰ)
「又は」
B)継続して株券を占有(会147Ⅱ)  
 
  継続して株券を占有するが、質権者の住所及び氏名を株主名簿に記載しない質権を【略式質】という。 継続して株券を占有のうえ、質権者の住所及び氏名を株主名簿に記載する質権を【(株券発行会社の)登録質】という。 質権者の住所及び氏名を株主名簿に記載する質権を【(株券不発行会社の)登録質】という。
 

略式質は、

○第三者に対抗できる。

○会社に対抗できる。

登録質は、

○第三者に対抗できる。

○会社にも対抗できる。

登録質は、

○第三者に対抗できる。

○会社にも対抗できる。

【3】第三者に対する対抗要件と、株式会社に対する対抗要件は同じである(会147Ⅰ)

CF.株式譲渡担保

略式株式質権者が差押え(民法 362 条・350 条・304 条)をせずに会社から「剰余金の配当」を受けることができるか否かについて争いあり(加藤貴仁・新注釈民法(6)581-583 頁)。

株式譲渡担保との比較

株式担保の「もう一つの方法」に譲渡担保があります。

そして、譲渡担保にも「略式株式譲渡担保」と「登録株式譲渡担保」があります。

  株券発行会社 株券不発行会社
効力発生要件 譲渡担保権設定契約+株券の引渡し(会130) 譲渡担保権設定契約
対抗要件 <対会社>【4】 <対会社・対第三者>
①取得者(譲渡担保権者)の住所・氏名を株主名簿に記載すること(会130Ⅰ)
②継続して株券の占有必要(会130Ⅱ) ②占有すべき株券はない。
<対第三者>【4】  
①(株主名簿の名義書換を要さず)継続して株券を占有することが第三者対抗要件となる。  
 
  継続して株券を占有するが、取得者(譲渡担保権者)の住所・氏名を株主名簿に記載しない譲渡担保を【略式株式譲渡担保】という。 継続して株券を占有のうえ、取得者(譲渡担保権者)の住所・氏名を株主名簿に記載する譲渡担保を【(株券発行会社の)登録株式譲渡担保】という。 取得者(譲渡担保権者)の住所・氏名を株主名簿に記載する譲渡担保を【(株券不発行会社の)登録株式譲渡担保】という。
 

略式株式譲渡担保は、

○第三者には対抗できる。

×会社には対抗できない。

登録株式譲渡担保は、

○第三者に対抗できる。

○会社にも対抗できる。

登録株式譲渡担保は、

○第三者に対抗できる。

○会社にも対抗できる。

【4】株券発行会社の譲渡担保の場合、第三者に対する対抗要件と、株式会社に対する対抗要件が異なります(会130Ⅱ)。CF.株式質

株式質と株式譲渡担保の違い

  • 「会社法における略式質と略式譲渡担保は決定的に異なることになる。なぜなら,会社法において,略式質は,株券の継続占有だけで『株券発行会社その他の第三者』に対抗できると定められているため,『株券発行会社』にも対抗できるうえ,略式質の効力が,剰余金の配当に及ぶことが明定されている(会社法151条8号)のに対し,略式譲波担保については,かかる明文規定が存しないため,『株券の継続占有』をしていても『株券発行会社』 に対抗できず,かっ,その効力も剰余金の配当に及ばないからである(清原泰司/株式質100年/南山法学31巻1・2号/2007/360頁/最終アクセス221103)」。
  • 「質権と譲渡担保権の一般的な比較|法的安定性の観点から、基本的には質権を採用すべき。(大久保涼/買収ファイナンスの法務(第2版)/中央経済社/2018/190頁)」
  • 「株式担保として譲渡担保権をあえて採用する理由はなく、実務では質権によることが多い(大久保涼/買収ファイナンスの法務(第2版)/中央経済社/2018/191頁)」

質権か譲渡担保か迷ったときには、質権を選択するのが無難です。

株式譲渡承認決議は「いつの時点」で必要か?


定款に株式の譲渡制限に関する規定がある場合には、次のとおりです。

質権の設定時点 株式会社の承認は「不要」です。
質権実行により株式を取得した時点  株式会社の承認が「必要」です。【1】

この場合、株式取得者が取締役会の承認を求めることになります(会社法137条)。

【1】単独の株主がその所有する株式に質権を設定していた場合、株式譲渡承認決議なしに譲渡の効果が生じるとする最高裁判例(最高裁三小法廷平成5年3月30日判決〔平元年(オ)1006号、株主総会決議不存在等確認請求事件)がありますので、注意が必要です。

株式質入れ後、株主総会招集通知は誰に出すか?


登録質の場合であっても質権は議決権に及ばないので、招集通知は質権設定者である株主に対して送付します(詳解株式実務ガイドブック/東京証券代行株式会社・編/中央経済社/2015/102頁)

登録株式質権者の株主名簿への記載方法


概ね次のような記載になろうかと思います。

株主名簿

株主

番号

氏名又は名称

郵便

番号

住所又は本店 株式数 株式の種類 株式(質権)を取得(設定)した年月日 発行された株券の番号 備考
1 佐藤大輔  657-0044 神戸市灘区・・・ 100 普通 平成28年12月1日 不発行 1の1に質入れ
1の1  万田金融 556-0000 大阪市浪速区・・・ 100 普通 令和4年11月1日 不発行 登録株式質権者
2 佐藤○○ 657-0044 神戸市灘区・・・ 20 普通 令和2年2月2日 不発行  

登録株式質権者からの株主名簿記載事項証明書交付請求への対応


質権者は「株主名簿記載事項証明書(場合によっては法人印鑑証明書を添えて)」の提出を要求してくることが通常です。

会社法149条では「当該登録株式質権者についての」となっていることから、全株主を記載する必要はありません。

株主名簿記載事項証明書

株主

番号

氏名又は名称

郵便

番号

住所又は本店 株式数 株式の種類 株式(質権)を取得(設定)した年月日 発行された株券の番号 備考
1 佐藤大輔  657-0044 神戸市灘区・・・ 100 普通 平成28年12月1日 不発行 1の1に質入れ
1の1  万田金融 556-0000 大阪市浪速区・・・ 100 普通 令和4年11月1日 不発行 登録株式質権者
上記は、当会社の本日現在時点の株主名簿記載事項証明書に相違ない。
令和4年11月1日
神戸市灘区・・・
 ○×△株式会社
代表取締役 □□ □□ (法人実印)

質権が実行されたら、どうなるのか?!


質権の実行は、競売(売却代金から優先弁済を受ける方法)又は流質契約による代物弁済(被担保債権が商行為によるなど特定の場合に限られます)です(民354)。

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