不動産売買契約締結前に、売主の判断能力確認(意思確認)を司法書士にご依頼くださる不動産会社様へ


せっかく物件売却を貴社に持ち込まれた売主様(のご家族様)です。

貴社が是非とも買取りや仲介をしたいのは、司法書士も重々承知しております。それでも売主様の状況によっては不動産取引をお断りすることがあります。それは、この記事にあるように貴社を守るためです。

この点を十分ご理解いただいたうえ、ご依頼くださいますようお願いいたします。

もくじ
  1. 判断能力がないにも関わらず不動産取引を強行した場合の法律効果
    1. 無効又は取消しできる
    2. 仲介又は買取再販した場合の法律効果
    3. 売主の全相続人から承諾書を取得しておけば良いか?
  2. ご依頼前にご注意いただきたい事項
    1. 売主様(のご家族)は、最初からお怒りのことが多いです。
    2. ダメなときは駄目と申し上げます(買主に所有権移転しないから)
    3. ダメなときは駄目と申し上げます(刑法犯に該当するから)
    4. ダメなときは駄目と申し上げます(司法書士が業務停止になるから)
    5. 売買契約締結時には判断能力がありでも、後日の不動産取引時点では、判断能力が失われている場合もございます。
  3. 司法書士の報酬・費用
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判断能力がないのに不動産取引した場合の効果


無効又は取消しできる

判断能力が無いといっても、段階があります。

まず、判断能力が全くない場合には、無効です。

民法3条の2(意思能力)
  法律行為の当事者が意思表示をした時に意思能力を有しなかったときは、その法律行為は、無効とする。

意思能力は10歳前後になると備わると言われます。

一方、10歳未満の子ども、泥酔者には意思能力はありません。

 

不動産の売買契約という法律行為を行なうために必要なのは、意思能力があるだけでは足らず、さらに上のレベルの行為能力が必要です。

  意思能力 行為能力
意 味 自らがした行為の結果を判断することができる能力 単独で有効な取引行為(法律行為)をすることができる能力
効 果 無効 取消できるなど

       

ないとされる例

 

未就学児(小学校入学前程度の子)

泥酔者

重度の精神障害者

未成年者

成年被後見人

成年被保佐人

 

因みに、判断能力の有無の段階は次のとおりです。

程度     意味     
契約等の意味・内容を自ら理解し,判断することができる。  行為能力に問題なし 
支援を受けなければ,契約等の意味・内容を自ら理解し,判断することが難しい場合がある。 補助相当=微妙
支援を受けなければ,契約等の意味・内容を自ら理解し,判断することができない。 保佐相当=売却不可
支援を受けても,契約等の意味・内容を自ら理解し,判断することができない。 後見相当=売却不可

したがって、司法書士は、被補助人以上の判断能力があることを認定できないと売買契約や不動産取引はできませんと申し上げます。

仲介又は買取再販した場合の法律効果

貴社が〔仲介する場合〕と〔買取・再販する場合〕に分けて考えてみましょう。

  • 貴社が仲介しても、売主Aが意思無能力者であれば「売買契約は無効」です。
  • Bは(Aに売買代金を支払ったとしても)所有権を取得できません。

そうすると、Bは、仲介をした貴社を訴えて、支払済み売買代金、媒介報酬ほか損害の賠償請求をすることとなります。ちなみに、意思能力がない場合、Aと貴社との間の媒介契約も無効となりますので、一文の得もないことになります。

 

  • 第1取引は無効ですので、登記したとしても貴社自身が所有権を取得できません。
  • 第2取引は他人物売買として一応有効ですが(貴社は他人Aの物を自社Bの物であると言っているので問題ではありますが、他人物売買としては一応有効で、貴社BはAさんから所有権を取得し、Cさんに転売する義務を生じます。しかし、Aは意思無能力者ですので、貴社BはAさんから所有権を取得することはできず、第2取引は貴社の債務不履行となり終了しますので)、考えても無意味です。
  • 次に、Cが善意無過失であれば保護される(所有権を取得できる)のではないか?という考えがあります。しかし、不動産には、動産のような即時取得制度(民法192条)の制度がありませんので、Cが善意無過失というだけでは保護されません。また、日本の不動産登記制度には、公信力がありませんので、Cは保護されません。
  • さらに、民法94条2項(通謀虚偽表示の相手方の保護)を類推適用してCを保護できないかですが、AはBが所有者であるという虚偽表示の作出に一切関与していませんので、民法94条2項の類推適用は困難です。

Cは、どのような法理論によっても保護されない(所有権を取得できない)ことになります。そうするとCは元の売主であるBを訴えて支払い済み売買代金ほか損害の賠償請求をすることとなります。

 

意思能力がない方を売主とする売買契約がいかに無理なことか、ご理解いただけると思います。

参照条文・民法192条(動産の即時取得)
  

取引行為によって、平穏に、かつ、公然と動産の占有を始めた者は、善意であり、かつ、過失がないときは、即時にその動産について行使する権利を取得する。 

 

参照条文・民法94条(通謀虚偽表示)
 
  1. 相手方と通じてした虚偽の意思表示は、無効とする。
  2. 前項の規定による意思表示の無効は、善意の第三者に対抗することができない。

売主の全相続人から承諾書を取得しておけば良いか?

売主本人がご存命である限り、その親族であっても売主本人の財産を勝手に処分することはできません。売却が売主本人のためであってもです。

ご注意いただきたい事項


以下の内容をご承知おきのうえ、ご依頼くださいますようお願いいたします。

売主様(のご家族)は最初からお怒りのことが多いです。

売主様(の家族)から見れば「売りたいのに、横から出てきた司法書士がいちゃもんを付けている」ように見えます。ですから、売主様(の家族)は、司法書士が面談する前からお怒りのことが多いです。

貴社の大切な顧客(候補)なのですから、司法書士は細心の注意を払って、お話をします。司法書士との面談後に、売主様が「なんと面倒な司法書士を連れてきたんだ」とお怒りになっても、司法書士の責任ではありませんので、ご容赦ください。

ダメなときは駄目と申し上げます(買主に所有権移転しないから)

先に申し上げたとおり、売主に判断能力がない場合には、不動産売買をして売買代金を支払っても、買主様への所有権移転という法律効果が生じません。

ダメなときは駄目と申し上げます(刑法犯に該当するから)

買主様への所有権移転という法律効果が発生しないのに、所有権移転登記を申請すると公正証書原本不実記載等罪(刑法157条)が成立し、5年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処せられる可能性があります。

刑法第157条(公正証書原本不実記載等罪)
 
  1. 公務員に対し虚偽の申立てをして、登記簿、戸籍簿その他の権利若しくは義務に関する公正証書の原本に不実の記載をさせ、又は権利若しくは義務に関する公正証書の原本として用いられる電磁的記録に不実の記録をさせた者は、5年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。
  2. (略)
  3. 前二項の罪の未遂は、罰する。 

ダメなときは駄目と申し上げます(司法書士が業務停止になる)

売主に判断能力がないことを分かっていながら、所有権移転登記を行なうと、司法書士は業務停止処分を受ける可能性が高いです。

業務停止などの処分を一度受けてしまうと、永遠に情報として残ってしまい、一生涯、その処分を背負っていくことになります。

このあたりも、重々ご理解いただければ幸いです。

売買契約締結時には判断能力ありでも、後日の不動産取引時点では、判断能力が失われている場合もございます。

判断能力は、①売買契約締結時だけでなく、②不動産取引時(最終残代金支払い時)にも必要です。

ところが、お年寄りの体調、認知症は日々悪化することもございます。

売買契約前に判断能力ありとしたものが、不動産取引時には悪化しており、意思能力がないということも十分にありえます。

そのような場合には、不動産取引関係者の労力が徒労に終わってしまうこともあり得ます。

司法書士の報酬・費用


ご依頼された不動産会社様から

報酬として11,000円、司法書士事務所外の場合には別途日当・交通費をいただきます。

なお、判断能力がないという判断に至った(したがって、不動産取引ができない)場合でも、いただくことになりますのでご注意ください。

まとめ


せっかく物件売却を貴社に持ち込まれた売主様(のご家族様)です。

貴社が是非とも買取りや仲介をしたいのは、司法書士も重々承知しています。それでも売主様の状況によっては不動産取引をお断りすることがあります。それは、この記事にあるように貴社を守るためです。

 

この点を十分ご理解いただいたうえ、ご依頼くださいますようお願いいたします。

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