不動産売買の買主様から次のようなご相談があったとき、司法書士としては、どのように回答すべきでしょうか?!
「売買契約を締結して、最終残代金の支払がまだの物件があるんですが、その売買物件の一部が、隣地に時効取得されているみたいなんです。このまま売買代金を支払っても大丈夫でしょうか?」
「取得時効と登記の関係」を条文・判例を順に見ていき、最後に、買主様の購入目的ごとに取るべき選択肢をお伝えします。
もくじ | |
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まずは、次の条文をご確認ください。
民法第162条(所有権の取得時効) | |
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民法第163条(所有権以外の財産権の取得時効) | |
所有権以外の財産権を、自己のためにする意思をもって、平穏に、かつ、公然と行使する者は、前条の区別に従い20年又は10年を経過した後、その権利を取得する。 | |
民法第164条(占有の中止等による取得時効の中断) | |
第162条の規定による時効は、占有者が任意にその占有を中止し、又は他人によってその占有を奪われたときは、中断する。 | |
民法第165条 | |
前条の規定は、第163条の場合について準用する。 |
民法第177条(不動産に関する物件の変動の対抗要件) | |
不動産に関する物権の得喪及び変更は、不動産登記法(平成十六年法律第百二十三号)その他の登記に関する法律の定めるところに従いその登記をしなければ、第三者に対抗することができない。 |
VS | 時効取得された土地の所有者 |
土地を時効完成後 元の所有者から譲渡された者 |
土地を時効取得した者 | 登記なくして時効取得した者が勝つ。 |
先に登記した方が勝つ。 |
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大判大7.3.2民録24.423 | |
時効に因る不動産所有権の取得につき第三者に対抗するには登記を必要とするが、時効完成の時期における所有者であった者に対しては登記を必要としない。 (要旨は、WestlawJapan) |
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最判昭41.11.22民集20.9.1901 | |
時効が完成しても、その登記がなければ、その後に登記を経由した第三者に対しては時効による権利の取得を対抗することができないのに反し、第三者のなした登記後に時効が完成した場合においては、その第三者に対しては、登記を経由しなくても時効取得をもつてこれに対抗することができる |
最判昭33.8.28民集12.12.1936 | |
時効に因る不動産所有権の取得につき第三者に対抗するには登記を必要とするが、時効完成の時期における所有者であった者に対しては登記を必要としない。 |
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最判昭36.7.20民集15.7.1903 | |
不動産の取得時効が完成しても、その登記がなければ、その後に所有権取得登記を経由した第三者に対しては時効による権利の取得を対抗しえないが、第三者の右登記後に、占有者がなお引き続き時効取得に要する期間占有を継続した場合には、その第三者に対し、登記を経由しなくとも時効取得をもつて対抗しうるものと解すべきである。 |
「登記の先後で勝敗を決する」という民法177条を逆手にとって、登記されていないことを良いことに、悪いことをしようとする者(背信的悪意者)が出てきます。
法律は、背信的悪意者を守りません。「背信的悪意者は、登記の欠缺(けんけつ)を主張できない(背信的悪意者は、その相手方が登記していなかったとしても、背信的悪意者は権利を主張できない)」という理論です。
背信的悪意者を時効取得との関係でいうと「ある不動産(の一部)が時効取得されていても、時効取得した者が登記をしていないことを奇貨として、背信的悪意者自身がその不動産を購入して背信的悪意者名義で登記すれば、その不動産を真っさらの状態で取得できるに留まらず、それ以上の利益を得る」というようなことを行った者のことです。
時効取得の場合に、背信的悪意者が問題となった判例がありますので、見ていきましょう。
最判平18.1.17民集60.1.27 | |
甲が時効取得した不動産について、その取得時効完成後に乙が当該不動産の譲渡を受けて所有権移転登記を了した場合において、乙が、当該不動産の譲渡を受けた時に、甲が多年にわたり当該不動産を占有している事実を認識しており、甲の登記の欠缺を主張することが信義に反するものと認められる事情が存在するときは、乙は背信的悪意者に当たる。 ・・・背信的悪意者に当たるというためには,まず,〔乙〕において,本件土地等の購入時,〔甲〕が多年にわたり本件通路部分・・・を継続して占有している事実を認識していたことが必要であるというべきである。 ところが,原審は,〔乙〕が〔甲〕による多年にわたる占有継続の事実を認識していたことを確定せず,単に,〔乙〕が,本件土地等の購入時,被上告人が本件通路部分・・・を通路として使用しており,これを通路として使用できないと公道へ出ることが困難となることを知っていたこと,上告人らが調査をすれば被上告人による時効取得を容易に知り得たことをもって,上告人らが被上告人の時効取得した本件通路部分・・・の所有権の登記の欠缺を主張するにつき正当な利益を有する第三者に当たらないとしたのであるから,この原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。・・・そして、〔乙〕が背信的悪意者には当たるか否か等について更に審理を尽くさせるため、上記部分につき、本件を原審に差し戻すとともに、〔乙〕のその余の上告を棄却することとする。 |
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【1】判決原文では被上告人とあったものを〔甲〕と、上告人とあったものを〔乙〕と、それぞれ筆者において置き換えました。 【2】最判平18.1.17民集60.1.27判決の顛末 同最判は、高裁に差戻しされましたが、差戻し審判決は見当たりません。したがって、差戻審において和解が成立したものと思われます。また、同最判で登場する不動産の登記情報等を確認しましたが、乙から甲への時効取得による移転登記も行われていません。和解は「乙が背信的悪意者には当たらないこと」を前提に行われたものと思われます。 |
上記最判をサラッと読むと・・・➊➋どちらだろうと疑問に思うかもしれません。
➊「多年占有継続の事実を認識していた」=「信義に反する事情」=「背信的悪意者」なのか | |||||
➋「多年占有継続の事実を認識していた」+「信義に反する事情」=「背信的悪意者」なのか |
法律用語で「悪意」というのは「単に知っている」を意味します。ちなみに「善意」は「知らなかった」です。
さて、仮に➊だとすると「単なる悪意者」と「背信的悪意者」の区別がつかなくなりますので、➋が妥当でしょうが、念のために調べてみると・・・
判例タイムズ1206号 73頁に上記最判(最判平18.1.17)に関する解説がありました。 |
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甲が時効取得した所有権を登記なしに乙に対抗するためには,乙が背信的悪意者に当たると認められる必要があるところ,前掲最三小判昭40.12.21等によれば,背信的悪意者に当たると認めるための要件は,第1に,実体上物権変動があった事実を知る者であること,第2に,同物権変動についての登記の欠缺を主張することが信義に反するものと認められる事情があることであるから,乙が背信的悪意者に当たると認めるためには,まず,乙が甲の時効取得の事実を知る者であることが認定されなければならないと考えられる。 |
やはり「背信的悪意者」=「悪意」+「信義に反する事情」(上の表でいうと➋)で間違いありません。
「背信的悪意者」とは何なのか、「登記の欠缺を主張することが真偽に反するものと認められる事情」とは何なのか、最判昭和40.12.21などを確認していきましょう。
最判昭和40.12.21民集19.9.2221 | |
借地人が借地上に所有する家屋をある者に贈与し、その口添えの下に右の者と土地所有者の間に土地賃貸借契約が締結され、以来その関係が9年余にわたって継続してきた等の事実があったが、買主が登録税等の費用を旧借地人に払わず、地代を土地所有者に払わないので、困惑した旧借地人が右家屋を土地所有者に売ったとき、同条してこれを買った土地所有者・・・は悪意者だが背信的悪意者には当たらない。(要約は判例六法Professional) |
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最判昭43.11.21民集22.12.2765 | |
競落人(売主)との間で競売された家屋を買い戻す契約をした者(第1買主)が、代金を完済しないため売主から所有権移転登記を受けていない場合に、第1買主の無権代理人が、家屋の所有権は復帰していると称してこれを他に売却し、相手方(第2回主)は代金を無権代理人に支払ったが、売主が第1買主には未払代金がありこれを支払うなら第2買主に売り渡す旨を約したので、未払代金相当額を売主に支払って売主から所有権移転登記を受けた第2買主・・・は悪意者だが背信的悪意者には当たらない。(要約は判例六法Professional) |
最判昭和43.8.2民集22.8.1571 | |
他人が山林を買い受けて23年余の間占有している事実を知っている者が、買主が所有権移転登記を経由していないのに乗じ、買主に高値で売り付けて利益を得る目的で、右山林を売主から買い受けてその旨の登記を経た等の事情がある場合(要約は判例六法Professional) |
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最判昭43.11.15民集22.12.2671 | |
甲が乙に贈与した山林に関し、甲乙間に、右山林が乙の所有に属することを確認し、甲はすみやかに乙に対しその所有権移転登記手続をする旨の和解が成立した場合において、丙が立会人として右示談交渉に関与し、かつ、右和解条項を記載した書面に立会人として署名捺印した等判示の事情があるときには、丙は、いわゆる背信的悪意者として、乙の右所有権取得登記の欠缺を主張する正当な利益を有する第三者にあたらないものというべきである(要約はWestlawJapan) |
残念ながら取得時効との関係で、「背信的悪意者」について判断した最高裁判例は上記最判平18.1.17民集60.1.27を除いて見当たりません。
そこで3点の下級審の裁判例をお示しします。
東京高裁平成21年 5月14日判決・判タ1305.161 | |
被控訴人が競落した本件土地は,本件土地の隣接地を賃借している控訴人が所有する本件建物の敷地の一部として約40年以上も前からその隣接地を賃借していた控訴人により借地の一部として占有使用されてきたが,その間に土地所有者,賃貸人との間でも全く紛争がなかったものであるところ,このことは,本件競売事件記録上も明らかであるから,被控訴人においても,このことを認識して買受けの申出をしたものと認められ,上記のとおり控訴人により多年にわたり本件土地について賃借権の取得時効を認定し得る占有がされてきた事実を認識しているということができる。そして,・・・被控訴人は,不動産鑑定を業とする専門業者であり,現地を実地見分して買受申出をしたものと推認されるところ,現地を実地見分すれば,本件土地は,控訴人が賃借している土地の一部と共に,本件建物の敷地として,一体のものとして使用されており,しかも,本件建物の住宅部分に出入りするためには本件土地を通行しなければならず,かつ,本件土地には,建物のライフラインである水道管等が埋設されていることが分かるものである。 そうであるにもかかわらず,被控訴人は,本件土地を購入した動機として,本件建物等の所有・使用者の占有を完全に排除して駐車場経営をしようとしたとしているが,本件土地が駐車場経営をするのに適した土地とは到底いえないことが明らかであることは前記のとおりであり,また,控訴人らに対して,上記のように本件建物等の使用に不可欠なものというべき本件土地の明渡しを求め,かつ,係争中にもかかわらず,本件土地を封鎖する実力行使をし,本件の解決策として,不当に高額な金銭の要求をしようとする態度を示しているなど,極めて強硬な姿勢を見せている。これらの事情を併せ考慮すると,被控訴人には,控訴人の対抗要件の欠缺を主張することが信義に反するものと認められる事情が存在するものと認められ,被控訴人は,本件土地について賃借権を取得した控訴人に対する関係で,背信的悪意者に当たるというべきである。(要約は司法書士佐藤大輔) |
東京地裁令和2.6.2判決(平28〔ワ〕36223、令元〔ワ〕23466) | |
(要約は司法書士佐藤大輔による。) |
東京地裁令和3.2.17判決(平30〔ワ〕20493、令2〔ワ〕923) | |
被告は,甲土地を不法に占有し始めたものではなく,遅くとも昭和46年3月12日頃に占有を開始してから本訴提起まで約50年にわたって,甲土地及び被告宅敷地を一体のものとして,自らの生活の本拠として,平穏かつ公然に所有の意思をもって占有を続けて来た。また,本件土地の周辺土地においても,これらの形状,位置関係及び所有関係などについて紛争が生じていたことはうかがわれず,本件土地及びその周辺土地の所有権の範囲を前提とした現在の事実状態が50年近くかけて形成されていた。このような状況の中で,被告が甲土地について分筆,合筆の登記手続や所有権移転登記手続を行っていなかったとしても,本件係争土地及びその周辺の土地の各所有者が関与して行われた本件事業の経緯やその後の状況を踏まえて考えれば,甲土地及び被告宅敷地の全体が自らの所有土地であると信じて,そのような登記を行う必要性を自覚しないまま占有を継続していたものといえ,これらの登記手続をしなかったことも無理からぬところである。 その後,平成29年末頃から,被告とBとの間で,甲土地を巡る紛争が生じたが,Bは,取得時効完成時の甲土地の所有権者であったFを相続し,同人と法律上同一の地位にあるものといえる者であり,被告は,甲土地の所有権登記なく時効取得を対抗することができた。 他方,原告は,不動産の売買等を業とする合同会社であり,時効取得がされた不動産について,その取得時効完成後に当該不動産の譲渡を受けて所有権移転登記を了した第三者が,その譲渡の時点で,時効取得をした者による多年にわたる占有の事実を認識しており,その者の登記の欠缺を主張することが信義に反するものと認められる場合には,背信的悪意者に当たるとされること(最高裁平成18年1月17日第三小法廷判決)についても認識していたと推認されるところ,原告は,Bと被告との間でその各々が所有する土地の境界及び所有権の範囲について紛争が生じており,約50年にわたって甲土地を占有している被告が甲土地を時効取得している可能性が高いものの,その所有権移転登記手続が行われていないことから,原告が甲土地を購入してその所有権移転登記を了すれば,自らが背信的悪意者に当たると認められない限り,被告において甲土地の時効取得を原告に対抗し得ないこととなり,自らにおいて甲土地を巡って利益が上げられるものと判断して,営利の目的をもって,紛争の当事者であるBから,係争となっている甲土地も含めて相当低廉な価格で購入し,その所有権移転登記手続を行った上,その登記手続を行った当日に,被告を相手方として,甲土地の所有権確認及び甲土地の明渡しを求める訴訟を提起し,更に,その訴訟係属後,本件公図と現況の違いなどを指摘され,2387番土地も比較的低廉な価格で購入して所有権移転登記を了したものであると認められる。 このような事情の下では,約50年にわたって永続し,形成されてきた被告による占有という事実状態を尊重して,これをそのまま権利状態と認めて,これに適応するよう権利の得喪を生じさせるのが相当であって,原告が被告の甲土地の所有権の時効取得について所有権移転登記の欠缺を主張することは,信義に反する。 以上説示したところによれば,原告は,被告の所有権の時効取得について,背信的悪意者に当たり,民法177条の第三者には当たらないというべきであるから,被告は,原告に対し,甲土地について,所有権移転登記なくして,時効による所有権の取得を対抗することができる。 (要約は司法書士佐藤大輔による。) |
「背信的悪意者」について、だいたいのイメージを掴めましたでしょうか?
エグいことをすると「背信的悪意者」になってしまう可能性があるということです。
ここからお話はまたガラッと変わります。
本稿の最初に、不動産のご購入者様が「時効完成前の第三者なのか」それとも「時効完成後の第三者なのか」によって結論が変わることをご説明しました。
時効取得を主張する側が、恣意的に時効の起算点をずらすことができれば、不動産のご購入者を「時効完成前の第三者」にも「時効完成後の第三者」にもすることが可能です。
時効取得を主張する側が、時効の起算点をずらすことは可能でしょうか?!
最判昭35.7.27民集14.10.187 | |
時効による権利の取得の有無を考察するにあたつては、単に当事者間のみならず、第三者に対する関係も同時に考慮しなければならぬのであつて、この関係においては、結局当該不動産についていかなる時期に何人によつて登記がなされたかが問題となるのである。そして時効が完成しても、その登記がなければ、その後に登記を経由した第三者に対しては時効による権利の取得を対抗しえない(民法177条)のに反し、第三者のなした登記後に時効が完成した場合においてはその第三者に対しては、登記を経由しなくとも時効取得をもつてこれに対抗しうることとなると解すべきである。しからば、結局取得時効完成の時期を定めるにあたつては、取得時効の基礎たる事実が法律に定めた時効期間以上に継続した場合においても、必らず時効の基礎たる事実の開始した時を起算点として時効完成の時期を決定すべきものであつて、取得時効を援用する者において任意にその起算点を選択し、時効完成の時期を或いは早め或いは遅らせることはできないものと解すべきである。 |
そうは言っても、時効の起算点をずらすことは「裁判における主張立証方法によっては事実上可能ではないか」と思います。
そうすると買主が購入した後の時点を取得時効の完成時期にされることもあり得ます。そんなことをされると買主が時効完成時の所有者に該当し、隣地の時効取得に対抗できなくなります。
その可能性をできるだけ排除するためには、次のような点をも検討しておく必要があります。
最判平10.2.13民集52.1.65 | |
通行地役権(通行を目的とする地役権)の承役地が譲渡された場合において、譲渡の時に、右承役地が要役地の所有者によって継続的に通路として使用されていることがその位置、形状、構造等の物理的状況から客観的に明らかであり、かつ、譲受人がそのことを認識していたか又は認識することが可能であったときは、譲受人は、通行地役権が設定されていることを知らなかったとしても、特段の事情がない限り、地役権設定登記の欠缺を主張するについて正当な利益を有する第三者に当たらない |
上記最高裁判決は、背信的悪意者排除の法理によらないで、買主を民法第177条の第三者に当たらないとしているので、地役権が時効取得されていないかについては「現地確認」しておく必要があります。
売主が隣地と折衝しても、隣地は売主に対して(登記なく)時効取得を主張できます。
そうすると、買主は購入できる土地面積が減ってしまいます。
登記した買主は隣地に対して、越境の除去を請求することができます。
ただし、買主が背信的悪意者に該当していないことなどが必要です。
購入目的によって、売主に越境隣地との折衝を依頼し解決してから購入するのか、買主が購入後折衝するかを決めれば良いと思います。
いずれにしても、リスクのある不動産売買です。
▽購入目的▽ | 売主が解決してから購入する場合 | 買主が購入後折衝する場合 |
自宅や自社収益建物の建築用地 |
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転売目的 |
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本稿では、売買契約に関する他の条文については検討していません。すなわち、①越境や時効取得を理由とした売買契約解除の可否、②その場合の手付け等の精算等については別に検討が必要な問題です。