原状回復・敷金返還に関するトラブル解決


賃貸していた物件を退去するときには「原状回復費はどれぐらい請求されるだろう?」とか「敷金は返ってくるのだろうか?」とか、ご不安になる方が多いです。

家主の中には、過大な原状回復費を請求したり、本来返金すべき敷金の返金を渋ったりする方もいます。

こちらのコラムを読んで、理論武装していただければ幸いです。

もくじ
  1. 原状回復費請求と敷金返還請求はパラレル
    1. 原状回復費請求と敷金返還請求の関係性
  2. 原状回復と敷金精算の流れ(判断枠組み)
    1. まず原状回復義務の有無、次に原状回復費を算出
    2. さらに、敷引き特約の有効性を判断
    3. 最後に、精算金を算出
  3. 具体的な原状回復費の計算方法
    1. 国交省ガイドライン
  4. 賃借人の原状回復義務の有無
  5. 原状回復する面積
  6. 経過年数
    1. 設備等の耐用年数
    2. 建物の耐用年数
  7. 単価の相当性
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原状回復請求と敷金返還請求はパラレル


原状回復費請求と敷金返還請求の関係性

原状回復請求も敷金返還請求もともに「賃貸借契約解消の場面において、ほぼ同時に発生する問題である」ことが理解を複雑にしています。

家主   入居者
預り敷金では原状回復費が不足 → ← 原状回復費が過大 
敷引き特約は有効だから控除する → ← 敷引き特約は無効だから敷引きせず返還せよ

原状回復と敷金精算の流れ(判断枠組み)


まず原状回復義務の有無、次に原状回復費を算出

賃借人の原状回復義務

の有無判定

 

賃借人の故意・過失、善管注意義務違反等

による損耗はあるか?【1】

  ▽   
  あり    なし
  ||    ||
 

原状回復義務

あり

 

原状回復義務

なし

       

賃借人が負担すべき

原状回復費を算出

  「原状回復する面積」は適切か?【2】     
  「経過年数」は考慮されているか?【3】    
  「単価」は相当か?【4】    

さらに、敷引き特約の有効性を判断

敷引き特約の有効性

を判断

  敷引き特約は有効か?【5】
   
  有効   無効

最後に、精算金を算出

    賃借人の原状回復義務
    なし あり

なし 敷金全額返還

敷金から原状回復費を控除し・・・

余りがあれば返還/不足があれば請求

無効・

一部無効

(敷引き特約の一部又は全部が無効となった結果)

敷金全額又は一部の返還

敷金から①有効な敷引き部分、②原状回復費を控除し・・・

余りがあれば返還/不足があれば請求

有効 敷金から敷引きを控除した全額を返還

敷金から①敷引き、②原状回復費を控除し・・・

余りがあれば返還/不足があれば請求

【1】下記「賃借人の原状回復義務の有無」をご参照。

【2】下記「原状回復する面積」をご参照。

【3】下記「経過年数」をご参照。

【4】下記「単価の相当性」をご参照。

【5】敷引き特約の有効性については、コラム「敷引き特約の有効性」をご参照ください。

具体的な原状回復費の計算方法


国交省ガイドライン

国土交通省が「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)」を公表しています。

「ガイドライン」は裁判例及び取引の実務等を考慮のうえ、原状回復の費用負担のあり方について、妥当と考えられる一般的な基準を平成10年3月に取りまとめたものです。

平成16年に(改訂版)、平成23年に(再改訂版・現行ガイドライン)が発表されています。

令和2年4月1日に改正民法が施行されたことに伴い、令和5年3月に「『原状回復をめぐるトラブルとガイドライン』に関する参考資料」を発表しています。

 

既に賃貸借契約を締結されている方は、一応、現在の契約書が有効なものと考えられます〔いわゆる契約自由の原則〕ので、契約内容に沿った取扱いが原則です【1】が、契約書の条文があいまいな場合や、契約締結時に何らかの問題があるような場合は、このガイドラインを参考しながら話し合いをして・・・

 

参照:国土交通省HP 「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」について/最終アクセス240211


【1】契約自由の原則とは 

「契約を結ぶかどうか」、結ぶとしても「誰と結ぶか」、「どのような契約内容にするか」について、当事者は自由に決めることができます。これを契約自由の原則といいます。

 

民法第521条(契約の締結及び内容の自由) 
 
  1. 何人も、法令に特別の定めがある場合を除き、契約をするかどうかを自由に決定することができる。
  2. 契約の当事者は、法令の制限内において、契約の内容を自由に決定することができる。

ところが、契約を結ぶ当事者の関係は「会社と従業員」「事業者と消費者」など必ずしも対等な関係とはいえないものがあります。このような関係でも「契約自由の原則」を貫くと、力のある者に有利な契約ばかりが成立することになりかねません。

そこで、労働者や消費者といった立場の弱い者を保護する観点から、一定の関係においては、法律によって【契約自由の原則の例外】が設けられています。

例えば、事業者と消費者との契約に適用される消費者契約法では「消費者の利益を不当に害するような条項は無効」などと定められています (消費者契約法8~10条)。賃貸借契約では「敷引き特約」や「通常損耗を借家人負担とする特約」が、消費者契約法によって無効ではないかが裁判で争われました。

賃借人の原状回復義務の有無


ガイドラインでは、次のように整理されています。

劣化・損耗の種類 賃借人の原状回復義務
建物・設備等の自然な劣化・損耗<経年変化> 義務なし(=賃貸人の費用負担)
賃借人の通常の使用により生ずる損耗<通常損耗>【1】 義務なし(=賃貸人の費用負担)
賃借人の故意・過失、善管注意義務違反、その他通常の使用を超えるような使用による損耗<特別損耗> 義務あり

それぞれの理由について、ガイドラインの参考資料では、次のとおり説明されています。

  • 建物・設備は時間の経過とともに、価値が減少していきますが、経年変化と通常損耗分の修繕費用は賃料に含まれるものと考えられますので、経年変化と通常損耗に対しては原状回復義務がありません。
  • また、退去時に古くなった設備等を最新のものに取り替える等の建物の価値を増大させるような修繕等はグレードアップであり原状回復義務はありません。
  • 賃借人が原状回復義務を負うのは、故意・過失、善管注意義務違反等による損耗等に限られます。例えば、クロスへの落書き、誤ってつけたフローリングのキズ、結露を放置したために拡大したカビやシミ、喫煙によって生じた臭いやクロスの変色等の場合には原状回復義務を負うことになります。 

【1】「通常損耗も借家人負担とする」特約の有効性については、こちら。

原状回復する面積


ガイドラインでは、次のように整理されています。

賃借人が原状回復義務を負う場合であっても、原状回復は毀損部分の復旧ですから「補修工事が可能な最低限度の施工単位とする」ことを基本としています。

クロスの張替えの場合、毀損部分と補修を要する部分とにギャップ(色あわせ、模様あわせなどが必要なとき)がある場合には、毀損箇所を含む一面分までは、賃借人負担とする。

 

ガイドラインでは、クロスの張替えの場合、毀損箇所を含む一面分までは、賃借人負担とすることを認めています。このように賃借人の負担範囲を大きくしても、経過年数を考慮すれば、金銭的な負担は不当とならないと考えられるためです。

参考資料では、実質的な理由について次のように説明されています。

  • 毀損部分と補修工事施工箇所にギャップが発生してしまう場合、例えばクロスの補修箇所のみ色のトーンが異なってしまうといった場合、物件の商品価値の維持のため部屋全体のクロスの張替えを行うこともあります。
  • この場合に、部屋全体のクロスの色を一致させるための費用を全て賃借人負担とすると、通常損耗分やグレードアップ分を賃借人が負担することとなり妥当ではありません。
  • 一方、毀損箇所のみの張替えが可能であっても、その部分の張替えが明確に判別できるような状態では、物件の価値の減少を復旧できておらず、原状回復義務を十分果たしたとはいえません。

経過年数


ガイドラインでは、次のように整理されています。

賃借人が原状回復義務を負う場合であっても、設備等の劣化には、経年変化や通常損耗が含まれており、賃借人はその分を賃料として支払っていますので、賃借人が修繕費用の全てを負担することとなると、契約当事者間の費用配分の合理性を欠くなどの問題があるため、賃借人の負担については、建物や設備の経過年数を考慮し、設備等の年数が長いほど負担割合を減少させる考え方を採用しています。

 

具体的には、耐用年数が経過した設備について、残存価値1円となるような直線(または曲線)を想定し、負担割合を算定するものです。

国交省「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)」12頁
国交省「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)」12頁
ただし、以下2つの例外があります。
  • 「長期間の使用に耐えられ、部分補修が可能なフローリング」は経過年数の考えにはなじまないため、経過年数は考慮されません(フローリング全体の毀損による張替の場合は建物の耐用年数を用いて経過年数を考慮するものとされています。)。 
  • 「襖紙、障子紙、畳表といった消耗品」は経過年数の考えにはなじまないため、経過年数は考慮されません。 

【入居時にクロスが張替えられていない場合】

  • 入居時にクロスの経過年数が3年の場合、入居年数に3年を加えた年数が退去時の経過年数となります。 
  • 入居時のクロスの経過年数が明確でない場合、クロスの状況に合わせて経過年数のグラフを下方にシフトさせます。入居時点のグラフの出発点をどこにするかは、契約当事者で予め協議して決定することになりますが、例えば入居時のクロスの状況を価値80%とした場合は、20%グラフを下方へシフトさせます。

【退去時にクロスの耐用年数6年を過ぎている場合】

  • 退去時にはクロスの耐用年数6年を過ぎており、賃借人の負担割合は1円(≒0%)になります。
  • なお、経過年数を過ぎている場合にも賃借人は善管注意義務を負っていますので、賃借人の故意・過失による破損等が無ければ継続してクロスが使用可能な場合には、修繕等の工事に伴う負担が必要となることがあり得ます。例えば、故意にクロスに落書き等を行った場合、一定の費用負担を求められることがあります。

 

(国交省/ガイドライン参考資料/17頁)

設備等の耐用年数

設備等 耐用年数 備考
床  畳表【1】 ー【8】  
畳床【2】 6年  
カーペット【3】 6年  
クッションフロア【4】 6年  
フローリング【5】 ー【8】

フローリング全体の毀損による張替の場合は建物耐用年数【7】から経過年数を考慮

クロス 6年  
建具 襖・柱 ー【8】 考慮する場合は建物耐用年数【7】から経過年数を考慮
襖紙・障子紙【6】 ー【8】  

設備・

機器

流し台 5年  
冷暖房機器 6年  
ガス機器 6年  
非金属家具 8年 たんす、戸棚等
金属製機器 15年  
便器 15年  
洗面台 15年  
ユニットバス 建物耐用年数【7】  
下駄箱 建物耐用年数【7】  

(以上、国交省「原状回復をめぐるトラブルとガイドラインに関する参考資料」4頁)

【1】畳表(たたみおもて):イ草(いぐさ)で織られ畳本体(畳床)の表に縫い付けられるゴザ状のもの。

【2】畳床(たたみどこ):かつては乾燥させた稲の藁(わら)を圧縮して畳本体としていました。

【3】カーペット:繊維製のもの。

【4】クッションフロア:塩化ビニールで作られたもの。クッション性があるものとないものがある。

【5】フローリング:木質系材料のもの。

【6】筆者において追記。

【7】建物耐用年数:下表を参照

【8】「ー」を引いた部分は、ガイドライン上では「経過年数を考慮しない」とされている部分です。

次の記事では「経過年数を考慮しない」の意味を分かりやすく解説されていますのでご参照ください。

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原状回復ガイドラインでは,経過年数を考慮しない修繕費用があることも示している。例えば,建物本体と同様に長期間の使用に耐えられる部位であって,部分補修が可能な部位(フローリング等)の部分補修については,経過年数を考慮せず,部分補修の修繕費用は全面的に賃借人が負担することとしている。これは,部分補修をしても,部分補修をした部位を含めて将来貼替えを行うことになるので,部分補修をしてもその時点でフローリング全体の価値が高まることにならず,賃借人が修繕費用を二重に負担していることにならないからである。

また,襖紙,障子,畳表等は,消耗品としての性格が強く,減価償却資産の考え方を取り入れることはなじまない一方で,損傷がなければ長期にわたり使用することも可能である。そこで,この場合も経過年数を考慮せず,貼替え等の費用については毀損等を発生させた賃借人の負担とするのが妥当であると考えられている。

熊谷則一 (涼風法律事務所 弁護士)/著『不動産取引紛争の実践知 〔LAWYERS' KNOWLEDGE〕 宅建業法の戦略的活用』(有斐閣、2019年)176頁

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建物の耐用年数

住宅の構造 建物耐用年数
木造

22年

木骨モルタル造

20年

SRC造(鉄骨鉄筋コンクリート造)

47年

RC造(鉄筋コンクリート造)

47年

レンガ造

38年

石造 38年
ブロック造 38年
金属造 骨格材の肉厚が4㎜を超えるもの 34年
骨格材の肉厚が3㎜を超え、4㎜以下のもの 27年
骨格材の肉厚が3㎜以下のもの 19年

単価の相当性


具体的な原状回復費を算出するためには、材料の単価を知る必要もあります。

コレばかりは、時期によって価格も変動することもありますから、知り合いの業者さんに「これ単価こんなものですか」と、確認するしかありません。

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