賃借人が連帯保証人を立てない場合、賃貸人は賃貸借契約を解除できるか?!


不動産会社や不動産管理会社の顧問をしていると「連帯保証人が亡くなっているみたいなんだけれど、賃借人は新しい連帯保証人を立てられない。賃料はキッチリ払われているんだけれど、賃貸人側から賃貸借契約を解除できないだろうか」という質問をいただくことがある。

確かに契約書には「連帯保証人が死亡したときには、新たな連帯保証人を立てること」というような条項がある。

こういう場合には、どう考えれば良いのでしょうか?!

もくじ
  1. 契約違反があれば解除できるか〔信頼関係破壊の法理〕
  2. 東京地裁平成25年7月17日判決
  3. 賃貸借契約を締結する際の注意点
  4. 人気の関連ページ

契約違反があれば解除できるか〔信頼関係破壊の法理〕


契約違反の場合の原則

契約を締結した場合、相手方に債務不履行があるときには、もう一方の当事者は相手方に対して債務の履行を催告したうえで、契約を解除できる(民法541条)のが原則です。

ところが、継続的な信頼関係に基づく契約(賃貸借契約など)の場合には、契約解除できない場合があります。

信頼関係破壊の法理

家賃の支払いがちょっと遅れた(債務不履行)程度では、継続的な信頼関係に基づく契約である賃貸借契約は解除できません。いくら厳しく契約書に記載していても同じです。

実務では「借主の債務不履行などが貸主との信頼関係を破壊するに至った」という程度に達しなければ、賃貸人は解除できません。

これを『信頼関係破壊の法理』といいます。なおこの「信頼関係破壊の法理」は、民法などの法律に規定があるわけではなく判例上認められている理論です(最判昭27・4・25判タ20・59、最判昭28・9・25判時12・11、最判昭39・7・28判時382・23等)。

連帯保証人提供義務違反は信頼関係破壊になるのか?

国内最大の有料判例データベースWestlawJAPANで検索した結果、次のような裁判例が出てきましたのでご紹介します(令和4年2月調査)。

東京地裁平成25年7月17日判決

事件番号 平成24年(ワ)第13406号

事件名 明渡請求事件


「連帯保証人提供義務違反」は信頼関係を明らかに破壊する事実として、賃貸人からの解除が認められた裁判例です。

事案の概要(裁判所の認定した事実関係)

H24.2.23

賃借人は、仲介不動産会社に対して入居申込書を提出した。

入居申込書には「契約期間はH24.3.26~」と記載されていた。

賃借人は、生活保護申請中であったが、仲介には言わなかった。

仲介は、今後の段取りを説明する中で、連帯保証人には連帯保証人引受承諾書と印鑑証明書を提出してもらい、賃貸借契約書にも署名押印してもらう旨説明した。

H24.2.25

仲介は、賃借人に対して「賃貸人から賃借人に賃貸することの内諾を得た」旨を連絡した。

H24.3.16

賃借人による物件内見。

賃借人は仲介に対して突然「本日(3/16)付の契約でないと困る」と言いだした。

賃借人は仲介に対して「(これこれの理由で)先に賃貸人の署名押印が欲しい」と言い仲介は信用した。

H24.3.17

賃貸人による賃貸借契約書への署名押印。

仲介は賃借人に対して、賃貸人による署名押印のある賃貸借契約書2通・連帯保証人引き受け承諾書を交付。

H24.3.19

賃借人が仲介に対して「室内の寸法を測りたいから鍵を渡してほしい」というので、その後取り替える予定であったが、取替え前の古い鍵を渡した。

賃借人はこの鍵を返却しなかった。

H24.3.22

賃貸人は、ほどなく賃借人から契約書が戻ってくると考え、錠前業者に対し、新しい鍵2本を賃借人に交付することを認めた。

その後

仲介は、賃借人に対して、連帯保証人引受承諾書と連帯保証人の署名押印を済ませた契約書の提出を求めた。

賃借人はリフォームが完了しないと渡せないと提出を拒否。

その後

賃借人の生活保護受給の事実が判明。

仲介が賃借人に対してこれを告げ、年収について虚偽記載ではないかと指摘すると、賃借人は激昂して弁護士が相手ではないと交渉しないと言い出したので、仲介が弁護士に対応を依頼した。

その後

弁護士は「賃借人のリフォーム要望については内装業者に建物を見に行かせるなど対応を検討するので、連帯保証人を立てて欲しい」と述べ、賃借人に対して、連帯保証人引受承諾書と連帯保証人の署名押印を済ませた契約書の提出を求めた。

賃借人が応じなかったので、賃貸人が本件建物の明渡などを求めて提訴。

H24.9.12

口頭弁論期日において、賃貸人(弁護士)が賃貸借契約を解除。

裁判所の判断

少し長い目に引用します。

また、分かりやすくするため単語を入れ替えている部分もあります。 

2 争点(1)(賃貸借契約の成否)について

(1)一般に賃貸借契約は,諾成契約であり,貸主が借主に対し物の使用収益をさせることを約束し,借主がこれに賃料を支払うことを約束することによって成立し(民法601条),契約書の作成その他の方式を必要としない。しかしながら,当事者間に従前から一定の関係がある場合は格別,不動産業者を介して建物賃貸借の取引が行われるような場合,賃貸借契約の成立に際し,賃貸借契約書の作成がされることが通常であり,その場合,原則として,賃貸借契約書の作成をもって初めて両当事者の意思が確定的となり,その時点で契約が成立したものと認めるのが相当である。本件もこのような場合であり,南陽ハウジングは,仲介人として,貸室賃貸借契約書を用意し,その作成手続を踏もうとしていたのであるから,原告と被告との間で賃貸借契約書の作成手続が終了した時点をもって,原則として契約成立と認めるのが相当である。

(2) (省略)

(3) 賃貸借契約書を作成して賃貸借契約の締結とする場合,同一の契約書に貸主,借主の双方が署名ないし記名押印して契約書を作成することが通例であり,本件契約書も,貸主欄,借主欄が設けられているから,そのような作成手続を前提としたものと認めることができる。

本件においては,本件契約書に貸主欄には原告の署名押印がされており,借主欄には,被告の署名押印がされているから,このような契約書作成の手続は一応完了しているようにも思われる。

この点,原告は,本件契約書に連帯保証人欄の記載がないこと,本件契約書の2通とも被告が保管したまま原告に渡されていないことを理由に,本件賃貸借契約が不成立である旨主張する。(省略)遅くとも本件契約書を被告が受領した時点で,本件賃貸借契約が成立したものと認めるべきである。連帯保証人欄の記載がないことなどを理由として契約の不成立をいう原告の主張は,採用することはできない。

(4) 以上によれば,表見代理の成否について判断するまでもなく,本件賃貸借契約の成立を認めることができる。

3 争点(2)(債務不履行解除の成否)について

(1) ① 賃貸借契約において賃料の支払義務は賃借人の主要な義務であるから,賃借人が賃料の支払能力を十分に有するかどうかは,賃貸人にとって主要な関心事であり,本件申込書に勤務先について前年税込年収を含めて記載を求めていたのは,賃借人候補者である申込人の支払能力についての事情を把握するためであると解される。そうであるところ,被告は,本件申込書作成時に生活保護受給の申請中であり,前年税込年収600万円という記載は,その記載が直ちに虚偽の記載とはいえないとしても,被告の支払能力に関する情報としては実態とそぐわないものであり,被告の支払能力については,本件賃貸借契約締結時に,無視できない不安があったというべきである。そうすると,本件賃貸借契約においては,本件申込書に記載された連帯保証人(自宅所有の会社役員であり,勤続年数30年,税込年収1000万円)が確実に連帯保証するということが被告の支払能力の不安を解消する重要な要素であったということができる。そして,② 前記2認定のとおり,本件契約書では,本来,連帯保証人欄に連帯保証人の署名押印を徴することが予定されており,現に,貸主である原告及びその妻であるEとしては,借主において連帯保証人を付けることが通常であり,それを確認してから貸主欄に署名押印するのが通例であり,連帯保証人が不在のままでは,賃料不払の場合の保証がなく,本来であれば,本件建物の賃貸は認めなかった(甲13,甲15,証人E)のである。以上①,②の事情に照らせば,被告が合理的期間内に,本件申込書に記載された連帯保証人を立てることは,本件賃貸借契約に基づく契約関係を継続していく上での不可欠の前提であったということができる。そうであるところ,被告は,契約締結時から解除の意思表示の時点である平成24年9月12日まで約6か月があったのに,連帯保証人を立てておらず,また,本件全証拠によっても,これを立てるために真摯な努力をしたとはうかがわれないのであって,この事実は,それ自体で,本件賃貸借契約における原告と被告との間の信頼関係を明らかに破壊する事実であるというべきである。

(2) 被告は,① 南陽ハウジングでは,連帯保証人については,本来連帯保証人引受承諾書を徴求しており,本件契約書の保証人欄に保証人の署名押印を求める必要はなく,現に,被告は,担当者(C)から,保証人に直接連絡して書類を送る旨言われたのに,南陽ハウジングがその書類を送らなかったのであるし,② 被告は,平成24年3月22日に,Bから,本件契約書2通は被告がそのまま持っていてくださいと言われたのであると主張し,本人尋問においてもその旨供述する。

 しかし,①についてみると,原告は,従前から「aアパート」の賃貸に際しては,連帯保証人引受承諾書とともに,賃貸借契約書にも連帯保証人の署各押印を求めていたのである(甲16の1,2,甲17の1,2,証人B)。そして,そもそも保証人を立てるのは賃借人である被告がすべきことであり,南陽ハウジングの方から直接保証人に連絡して保証人を依頼するということは考え難いところ,証人Cは,本件賃貸借契約に際して,被告に対し,保証人の方に電話をして書類を送るという話はしていないと証言しており,上記①の被告の主張等は採用することができない。また,②についてみると,証人Bは,そのような発言をしたことを否定しているところ,契約書を当事者双方が保管するというのは常識的な事柄である上,その旨本件契約書にも明記されており,Bが殊更これと異なる話をする理由もないのであって,被告の主張等は採用することができない。

上記1認定の事実経過からすると,被告は,トイレの床交換等の要求を通すための材料として殊更本件契約書の原告控え及び連帯保証人引受承諾書の提出を拒んだとみるのがむしろ自然であるし,また,それまでの経緯はどうあれ,D弁護士から紛争解決のための提案を受け,連帯保証人引受承諾書用紙を同封して連帯保証人を立てることを改めて求められたのに対し,合理的理由なく,これに応じなかったのであり,そのような被告の態度は,本件賃貸借契約における当事者間の信頼関係を破壊するものというよりほかはない。

(3) したがって,原告のした本件賃貸借契約の解除の意思表示は,有効である。

私見

賃借人との契約締結経緯を細かく主張立証し、賃貸人にとって連帯保証人が如何に重要であったかを裁判所に印象づけた代理人弁護士の丁寧な仕事ぶりが賃貸人側の勝ちに結びついたものと考えます。

 

一方で、この裁判例はそれほど汎用性が高いものではない。すなわち「賃借人が連帯保証人を立てられない場合であっても『その一事をもって常に』賃貸人において賃貸借契約を解除できる」とは、言えない。

例えば、入居当時には適切な連帯保証人を用意できたものの、その後当該連帯保証人が死亡などした場合に、高齢に達した賃貸人が新たな連帯保証人を必死で探したけれど見つけられなかったときなどには、裁判所は、信頼関係が破壊されたとはいえないと判断すると思われます。

「連帯保証人提供義務違反は、信頼関係破壊を基礎づける事情の一つに過ぎない」ということです。

賃貸借契約を締結する際の注意点


賃貸借を行うに際しては、賃貸借契約に関する裁判例をよく検討し、①契約締結に至るまでのスキーム②申込書・契約書などの文言を日々バージョンアップしていく必要があります。

この裁判例だけからでも、次のような注意事項が明らかになります。

契約書だけでなく、申込書の記載事項にも工夫が必要

「申込書に勤務先について前年税込年収を含めた記載を求めていた」ことは、賃貸人が賃借人の支払能力についてキッチリと審査していることを印象づける(誰でも入居を認めているわけではない。)ので、当該記載は必要です。

賃貸人が契約書に押印して鍵を引渡しするのは、全てが整った最後

世の中にはとんでもなく非常識な人間がいます。

かような人間を賃借人に迎え入れてしまうと、賃貸人は平穏に生活することができません。

したがって、賃貸借契約書に賃貸人が押印したり、鍵を賃借人に対して引き渡すのは、全ての書類の提出を受けた最後に行うべきです。

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