「連棟建物の切離し」と「跡地への戸建て新築」について争われた裁判例は多くありません。
判例検索ソフト「WestlawJAPAN」で検索してもヒットしたのは僅か2事件(3裁判例)で、いずれも取壊しに否定的な裁判例です。きっと、皆さん、大ごとになる前に、上手に示談しているのでしょう。数少ない裁判例を読み解いて、問題とならない「切離し&新築」を行なう必要があります。
長文のコラムですので、結論のみを知りたい方は「もくじ1→2→5→6」の順でご覧ください。
詳しい内容・理由を知りたい方は「もくじ3、4」もご参照ください。
もくじ
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- 切離し工事前に取得すべき同意(区分所有法の定め)
- 二種類ある連棟建物
- 東京地裁平成25年 8月22日判決
- 争点❶ 区分所有者は、他の区分所有者の所有地上に何らかの権利を有するのか
- 争点❷ 専有部分の切離し・新築工事は区分所有者の共同の利益に反する行為に当たるか?!
- 争点❸ 原告らによる工事承諾はあったのか?
- 争点❹ 原告らに、被告新建物の取壊し請求及び本件土地の明渡請求が認められるか否か
- 争点❺ 取壊し請求権・土地の明渡請求権は消滅時効が完成しているか?
- 争点❻ 工事は他の区分所有者の占有部分を損傷する不法行為か?
- 大阪地裁平成22年11月4日判決・大阪高裁平成23年3月30日判決
- 問題とならない適法な切離しとは(3つの裁判例まとめ)
- 「耐震調査」と「弱体化した場合の補償」を求められた場合の対応
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連棟建物も区分所有建物ですので、区分所有法の適用を受けます。
区分所有法第62条(建替え決議)
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- 集会においては、区分所有者及び議決権の各5分の4以上の多数で、建物を取り壊し、かつ、当該建物の敷地若しくはその一部の土地又は当該建物の敷地の全部若しくは一部を含む土地に新たに建物を建築する旨の決議(以下「建替え決議」という。)をすることができる。
- 建替え決議においては、次の事項を定めなければならない。
- 新たに建築する建物(以下この項において「再建建物」という。)の設計の概要
- 建物の取壊し及び再建建物の建築に要する費用の概算額
- 前号に規定する費用の分担に関する事項
- 再建建物の区分所有権の帰属に関する事項
- 前項第3号及び第4号の事項は、各区分所有者の衡平を害しないように定めなければならない。
- 第1項に規定する決議事項を会議の目的とする集会を招集するときは、第35条第1項の通知は、同項の規定にかかわらず、当該集会の会日より少なくとも2か月前に発しなければならない。ただし、この期間は、規約で伸長することができる。
- 前項に規定する場合において、第35条第1項の通知をするときは、同条第5項に規定する議案の要領のほか、次の事項をも通知しなければならない。
- 建替えを必要とする理由
- 建物の建替えをしないとした場合における当該建物の効用の維持又は回復(建物が通常有すべき効用の確保を含む。)をするのに要する費用の額及びその内訳
- 建物の修繕に関する計画が定められているときは、当該計画の内容
- 建物につき修繕積立金として積み立てられている金額
- 第4項の集会を招集した者は、当該集会の会日より少なくとも1か月前までに、当該招集の際に通知すべき事項について区分所有者に対し説明を行うための説明会を開催しなければならない。
- 第35条第1項から第4項まで及び第36条の規定は、前項の説明会の開催について準用する。この場合において、第35条第1項ただし書中「伸縮する」とあるのは、「伸長する」と読み替えるものとする。
- 前条第6項の規定は、建替え決議をした集会の議事録について準用する。
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法律では4/5の同意となっていますが、本当に4/5で足りるのか、裁判例を通じて分析します。
解体される専有部分の隣家は、これまで内壁だったものが外壁に変わり、風雨にさらされることになるため、解体(という共用部分の変更)は隣家の使用に特別の影響を与えます。
したがって、解体される専有部分の隣家の承諾が必要になります(区分所有法17Ⅱ)。
区分所有法第17条(共用部分の変更)
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- 共用部分の変更(その形状又は効用の著しい変更を伴わないものを除く。)は、区分所有者及び議決権の各4分の3以上の多数による集会の決議で決する。ただし、この区分所有者の定数は、規約でその過半数まで減ずることができる。
- 前項の場合において、共用部分の変更が専有部分の使用に特別の影響を及ぼすべきときは、その専有部分の所有者の承諾を得なければならない。
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裁判例をご紹介する前に「連棟建物には2種類ある」ことをご理解いただきたいと思います。
見た目は全く同じで、テラスハウスもタウンハウスも、2~3階建の家がお隣の家と壁を共有(共用)して建っています。
ところが、権利関係は次の二種類あります。
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テラスハウス形式
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タウンハウス形式
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建物
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単独所有
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単独所有
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土地
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建物の形状に沿って土地の境界があり、底地は上の建物所有者がそれぞれの土地を単独所有している。
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建物の形状に沿った土地の境界はなく一筆の土地である。
一筆の土地を建物所有者が共有している。
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登記簿
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一筆の土地ごとに一つの建物がある。
一筆の土地ごと建物所有者の単独所有。
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一筆の土地上に複数の建物がある。
一筆の土地を建物所有者が共有している。
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底地を共有する「タウンハウス形式」の場合には切離し困難であるものの、底地をそれぞれが単独所有する「テラスハウス形式」の場合にはそれほどでもないと考えていましたが・・・
以下ご紹介する裁判例によると、そうとは限らないようです。
事件名:地上権確認等請求本訴事件、損害賠償請求反訴事件
事件番号:平21(ワ)26799号
出典:WestlawJAPAN
【事案の概要】
共用部分たる基礎・土台部分及び躯体が敷地全体にまたがっている〔1〕連棟建物の切離し&再築で問題が発生しました。この連棟建物の底地は、計画段階では敷地全体を連棟建物の区分所有者らの共有とする予定でしたが,建物完成後、分譲の段階で購入者の希望により予定を変更し分筆の形式をとりました〔2〕。
被告は、連棟建物のうち自己の専有部分を切離し取壊したうえ、連棟建物から独立した新築建物を建築しました。それに対して、他の区分所有者が、被告の行為を違法であるとして建物の取壊しを求めた事例です。
【判決要旨】
- 被告は、新築建物を取り壊せ。
- 被告は、原告らに対して損害を賠償しろ。
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〔1〕争いの舞台となった連棟建物は鉄骨造3階建、専有部分12戸です。
どの程度、基礎・土台・躯体が敷地全体にまたがっているか、どの程度密着しているかは、判決書からは不明です。
〔2〕計画段階では「タウンハウス形式」だったものが、連棟建物完成後、購入者の希望で「テラスハウス形式」に変更された(登記簿上では「テラスハウス形式」)という特殊な事例です。
〔凡例〕
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X
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原告
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Y
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被告
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連棟建物
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被告が切離し工事を行なう前の一棟の建物全体
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切離し後の連棟建物
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被告が切離し工事を行なった後の一棟の建物全体
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旧Y邸
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被告が取壊した被告所有の専有部分
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新Y邸
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被告が新築した独立建物
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本件土地
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新旧Y邸の底地
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長い裁判例ですので、争点ごとに抜粋のうえ佐藤が少し加工してご紹介し、その後ろに、佐藤の考えを【ワンポイント】として付記しています。
- 本件連棟建物は,全体が隙間なく接続されており,基礎・土台,屋上,外壁,柱及び境界壁等の躯体は,共用部分に当たる。そして,基礎・土台及び躯体は,敷地全体にまたがっており,各区分所有者は,共用部分の持分を有することにより,他の区分所有者の土地を占有している。
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敷地全体を連棟建物の区分所有者らの共有として登記する予定で,共用部分たる基礎・土台部分及び躯体部分が本件敷地全体にまたがっている連棟建物を建築したが,分譲過程で予定変更して分筆の形式をとった場合には,分譲業者は,各区分所有者が取得することになる本件敷地の部分に他の区分所有者のための占有権原を設定し,その後分譲を受けた各区分所有者は,分譲業者から,分譲された専有部分の存する分筆後の土地の所有権と共に,他の区分所有者が取得する土地の部分の占有権原を承継したものと認めるのが相当である。
- 上記占有権原の性質について検討する。本件連棟建物の各区分所有者の変動に伴って上記占有権原も承継されることが必要であるところ,承継が可能である土地利用権としては,地上権又は賃借権(各区分所有者が支払うべき賃料を相殺することにより実際の賃料の授受は行われない賃貸借契約及び他の区分所有者に土地使用を認めることを対価とする賃貸借契約類似の無名契約に基づく権利を含む。以下同じ。)が考えられ,原告らは上記地上権又は賃借権のいずれかを有しているものと認められる。しかし,本件においては,分譲された昭和53年以降,平成21年に区分所有法57条に基づき,被告による区分所有者の共同の利益に反する行為の結果を除去することなどを目的として,訴訟を提起することなどを内容とする決議がされるまでに地上権設定登記がされていないことからしても,分譲業者が,本件敷地について,各区分所有者に物権である地上権を設定したことを裏付けるに足りる証拠はない。・・・原告らは,分譲業者が設定した本件土地の占有権原を承継したものと認められるものの,その性質は賃借権と解するのが相当である。
- 連棟建物の建築方法にもよるが、基礎・土台,屋上,外壁,柱及び境界壁等の躯体は,共用部分に当たる。
- 各区分所有者は、共用部分の持分を有することになり、他の区分所有者の土地を占有している。他人の土地を占有するには、占有する正当な権限があると考えるのが合理的であるが、それは賃借権(各区分所有者が支払うべき賃料を相殺することにより実際の賃料の授受は行われない賃貸借契約)である。
- 切離し工事は、他の区分所有者の賃借権を消滅させることにもなるので、その旨の承諾を取得しておく必要がある。
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- 工事が,連棟建物の共用部分である旧Y邸部分の外壁,屋上等を除去して失わせるものであることは,前記のとおりである。
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本件連棟建物を建築した際には,本件敷地全体を本件連棟式建物Aの敷地としたために第二種高度地区制限に違反しなかった。その後,旧Y邸が切り離されて新Y邸が建築されたため,建築基準法上,本件土地を本件連棟式建物A’の敷地とみることはできず(建築基準法施行令1条1項参照),切離し後の連棟建物は第二種高度地区制限に違反する違法建築物になった。違反状態を解消するためには,切離し後の連棟建物を真南方向に3メートル移動させるか,原告X1専有部分の2階から3階の北側を撤去する必要がある。
- 本件土地を含めた敷地全体を建物の敷地とする場合,敷地全体について準工業地域内における斜線制限を受けず,日影規制の緩和規定が適用されるが,新Y邸が存在することにより本件土地を建て替え後の建物の敷地とすることができない場合,斜線制限を受け,緩和規定が適用されない。
- 以上によれば,旧Y邸の切り離し及び新Y邸が本件土地上に存することは,連棟建物の共用部分を失わせ,連棟建物を違法建築物とするとともに,将来の連棟建物の建て替えの際の敷地を減少させるものであって,区分所有者の共同の利益に反する行為に当たる。
- 建替え決議の制度(区分所有法62条)の下においては,旧建物の敷地を新建物の敷地として利用することが認められるため,その敷地を新建物の敷地として利用できなくさせることは,敷地の使用に関する区分所有者の共同の利益に反する行為であり,かかる行為も区分所有法6条1項にいう「共同の利益に反する行為」に該当する。
切離し工事によって、他の区分所有者に不利益が生じないようにする必要がある。
- 違法建築物にならないこと
- 日影に関する斜線規制にかからないこと。
- 連棟建物全体の建替え時に不利益にならないこと
どうしても不利益が生じる場合には、その不利益を列挙して承諾を得る必要がある。
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本件工事は,連棟建物の共用部分を失わせ,連棟建物を違法建築物とするものであるから,全区分所有者の承諾を必要とするものと解されるころ,上記のとおり,被告が原告らの一部から取得した文書には,旧Y邸を切り離して再建築する予定であり,騒音等で迷惑をかける旨の記載しかなく,被告が各戸を回って本件文書に署名押印を求めたのは本件工事よりも6年ほど前であり,その時点で本件工事の具体的内容について説明があったとは考え難く,各戸の玄関先で数分話をしたにすぎない上,各専有部分の所有者全員による署名押印はなく,本件文書が作成された後,本件工事の前に連棟建物の区分所有者となった原告X4の署名押印もないのであって,以上の事実からすると,本件文書に署名押印した原告らが,確定的に本件工事を承諾したとみることはできないし,被告が連棟建物の区分所有者でなくなることを承諾したと解することもできない。
- 他の区分所有者が受ける不利益内容によっては、工事着手時点の全区分所有者の承諾を必要とする。
- 不利益内容を全て列挙した真摯な説明と、真正な承諾を取得する必要がある。
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区分所有者又は占有者が区分所有法6条1項に規定する行為をした場合,他の区分所有者の全員は,区分所有者の共同の利益のため,その行為の結果を除去するため必要な措置を執ることを請求することができるところ(区分所有法57条1項,4項),本件において,被告を除く連棟建物の区分所有者全員が,区分所有法57条に基づき,被告による区分所有者の共同の利益に反する行為の結果を除去することなどを目的とする訴訟を提起することなどを内容とする決議をしている。
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本来,被告が旧Y邸の増築を実現するためには,区分所有法62条の規定に従い,連棟建物の区分所有者及び議決権の各5分4以上の多数で建替え決議をなすべきであり,このような制約を受けることは,一棟の建物として建築された連棟建物の一部を構成する旧Y邸の所有者として甘受すべきものである。ところが,被告は,連棟建物のままでは増築ができない事情を熟知していたにもかかわらず,工事よりも6年も前に,各戸の玄関先で数分話をして本件文書の署名押印を得,本件工事の施工が開始される前には被告が,原告の一部に対して旧Y邸を切り離す旨伝えただけで,それ以外の連棟建物の区分所有者を直接訪問して工事内容や工事が連棟建物に与える物理的,法的影響について何ら説明することはなく,被告の発注によって本件工事が実行され,被告が本件土地上に新Y邸を所有及び占有するに至っているのである。このような被告の行為は,大田区の担当者に対して問合せをしていたことを考慮しても,区分所有法の定める団体法的規制を無視した背信性が極めて高い行為といわざるを得ない。
- そして,残存している連棟建物が違法建築物である状態を免れるには,旧Y邸と同等の建物を改めて建築して元の連棟建物を回復するか,被告所有地を含む敷地全体を敷地として連棟建物を建て替えるかの選択肢しかないが,被告所有地には被告所有の新Y邸が建築され存在が継続する以上,いずれの選択肢も実現できない。
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原告らが被る以上のような不利益は,被告による区分所有法の定める団体法的規制を無視した背信性が極めて高い行為によって一方的に作り出されたものであり,それを原告らに甘受させることは相当ではないと考えられ,新Y邸の経済的価値が失われ,被告の住居が失われるという不利益も大きいものの,それらの不利益もひとえに被告の行為に起因するものであることを勘案すれば,原告らは,区分所有法6条及び57条に基づき,現に新Y邸を所有し,区分所有者である被告に対し,新Y邸を収去することを求めることができるものと解するのが相当である。
- 他方で,原告らにおいても,土地を有効利用して抜本的解決を図る観点から,連棟建物の建て替え計画を早期に具体化することが相当と考えられるが,それがない以上,被告において,旧Y邸と同等の建物を改めて建築する選択肢も否定されないし,被告が本件土地を占有すること自体によって原告らの利益が侵害されるものではないから,原告らは,被告に対し,本件土地の明渡しまで求めることはできない。
- 切離しとその後の新築工事内容によっては、新築建物であっても取壊しを命じられる可能性がある。
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- 被告は,原告らの区分所有法6条及び57条に基づく新Y邸の収去請求権及び本件土地の明渡請求権について消滅時効が完成していると主張する。
- 区分所有法6条及び57条に基づく差止請求権は,究極的には区分所有者の所有権を根拠とするものであると解されるし,前示のとおり,本件においては,新Y邸が本件土地上に存すること自体も区分所有者の共同の利益に反する行為に当たるのであり,現在においてもその行為は継続しているといえるから,上記差止請求権については,時効によって消滅したと解することはできない。
- 取壊し請求権(建物収去請求権)は、区分所有者の共同の利益に反する行為が継続している限り、消滅時効にかかることはない(=いつまでも建物にリスクがついて回る)。
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鑑定の結果によれば、連棟建物は,切離し工事によって,屋上の防水,外壁及び内装材に影響を受けたものと認められるところ,工事は,全体が隙間なく接続された連棟建物の一部を切り離すものであり,その際の振動等によって連棟建物に損傷を与える可能性があることは,一般人であっても容易に理解することが可能であるから,被告としては,切離し工事を発注するに際して,請負人である工事業者に対し,工事により連棟建物に損傷を与えないように細心の注意を払うように指示するなど,連棟建物に損傷を与えないために必要な措置を執る注意義務を負っていた。そして,被告が,工事業者に対し,工事により連棟建物に損傷を与えないように細心の注意を払うように指示するなど,連棟建物に損傷を与えないために必要な措置を執った事実を認めるに足りる証拠はないから,被告は上記注意義務を怠ったというべきであり,被告の行為は不法行為を構成し,本件工事と相当因果関係を有する損害を賠償する義務を負う。
- 切離し工事を発注するに際しては、請負人である工事業者に対し,工事により連棟建物に損傷を与えないように細心の注意を払うように指示するなど,連棟建物に損傷を与えないために必要な措置を執る注意義務を負う。
- 後日紛争化した場合に備えて、この指示は口頭で行なうほか、必ず書面でも行なっておく(例えば解体工事の発注書・請負契約書に明記する)べきです。
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事件名:第三者異議事件
事件番号:平21(ワ)129号
出典:WestlawJAPAN
【要旨】
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被告所有の土地上に連棟式の区分所有建物が存在しているところ、被告が訴外区分所有権者に対し建物収去土地明渡しを命ずる確定判決を取得して同区分所有権者の住戸部分に対し、建物収去の強制執行に着手したのに対し、同建物の区分所有権を有する原告が、上記強制執行の対象に原告が共有持分権を有する共用部分が含まれ、また、同強制執行による収去請求権の行使が原告に対する関係で権利の濫用に当たるとして、上記強制執行の不許を求めた事案において、区分所有建物の一部の専有部分について、収去請求権を行使することにより、他の区分所有者の利益を侵害する結果を生じる場合には、当該収去請求権の行使が、当該区分所有者に対する関係で権利の濫用に当たり、許されないことがあり得るとした上で、本件諸事情を総合考慮すると、本件強制執行による収去請求権の行使は原告に対する関係で権利の濫用に当たるとして、請求を認容した事例(要旨はWestlawJAPAN)
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- 本裁判例は、収去される部分の全部又は一部が共用部分であり原告がその共有持分権を有するかについては判断を回避している。
- もっとも「強制執行(切離し工事)により原告ら他の区分所有者が受ける影響」を子細に分析しており参考になるため紹介した。
- 原告らが受ける影響(影響は甚大)と、被告が有する区分所有法10条に基づく区分建物の売渡請求権行使(行使は容易)とを比較し、被告の権利濫用を認定している。
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事件名:第三者異議控訴事件
事件番号:平22(ネ)3552号
出典:WestlawJAPAN
【要旨】
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本件一棟建物の西端の住戸の所有者である被控訴人が、本件一棟建物の敷地の所有者であり、かつ、被控訴人住戸の東隣のA所有の住戸について、Aに対し建物収去土地明渡しを命ずる確定判決を得た控訴人が、同確定判決に基づき強制執行に着手したことに対し、被控訴人が、本件強制執行の不許を求めた事案において、少なくとも、本件強制執行の対象部分のうち東西方向の梁、支柱等の基本的構造部分は、構造上、被控訴人住戸の存立、安全に不可欠な部分であり、被控訴人が共有持分権を有する共用部分であると認められるから、被控訴人は、民事執行法38条1項の「第三者」に当たり、したがって、被控訴人の請求を認容した原判決は相当であるとした事例(要旨はWestlawJAPAN)
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本裁判例は、梁や支柱などが共用部分になるか否かを判断する上で、一定の基準を示している。すなわち、一棟建物がその一部の住戸部分を切り離して単体で存立されることがその設計上予定されているものではなく、一棟建物全体では風圧力及び地震力のいずれに対してもある程度の強度を兼ね備えているのに対し、一部を切離し、切離し後の建物が単体で存立することとなった場合には、建築基準法所定の基準を大きく下回り、建物の形状からみても非常に倒壊しやすい危険な建物となる場合には、少なくとも、本件対象部分のうち東西方向の梁、支柱等の基本的構造部分は、構造上、被控訴人区分建物の存立、安全に不可欠な部分であるというべきであって、他の区分所有者が共有持分権を有する共用部分であると認められる。
- したがって、切離し・取壊し工事部分には、他の区分所有者が共有持分権を有する共用部分が含まれ、他の区分所有者は、民事執行法38条1項にいう「強制執行の目的物について…目的物の譲渡又は引渡しを妨げる権利を有する第三者」に該当するから、被控訴人の請求は理由がある。
- なお、仮に、本件対象部分には被控訴人が共有持分権を有する共用部分が含まれないとしても、後記二のとおり本件強制執行による控訴人の収去請求権の行使は被控訴人に対する関係で権利の濫用に当たり許されないから、被控訴人の請求に理由があるとの結論に変わりはない。
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切離し工事を適法に行なう方法を、上記3件の裁判例からまとめると次のとおりとなります。
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切離しとその後の新築工事内容によっては、新築建物の取壊しを命じられる可能性があります。
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取壊し請求権(建物収去請求権)は、区分所有者の共同利益に反する行為が継続している限り、消滅時効にかかることはありません(=いつまでも建物にリスクがついて回る)。
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切離し工事の結果、他の区分建物に損害が発注した場合には、切離し工事を発注した者も損害賠償請求を受けることがあります。
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切離し&新築工事によって、他の区分所有者に不利益が生じないようにする必要があります。
- 違法建築物にならないこと
- 日影に関する斜線規制にかからないこと。
- 連棟建物全体の建替え時に不利益にならないこと(建ぺい率・容積率減少などないこと)
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区分所有法第62条(建替え決議)6項に基づき、説明会を開催します。
招集通知などしっかりと書面で証拠に残しておきましょう。
作業手順、切離し解体後の壁の養生方法について具体的に説明が必要です。
工事を担当する工務店に同席を求めた方がよいでしょう。
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連棟建物の建築方法にもよるが、基礎・土台,屋上,外壁,柱及び境界壁等の躯体は,共用部分に当たることがある。一棟建物がその一部の住戸部分を切り離して単体で存立されることがその設計上予定されているものではなく、一棟建物全体では風圧力及び地震力のいずれに対してもある程度の強度を兼ね備えているのに対し、一部を切離し、切離し後の建物が単体で存立することとなった場合には、建築基準法所定の基準を大きく下回り、建物の形状からみても非常に倒壊しやすい危険な建物となる場合には、本件取壊し部分のうち梁、支柱等の基本的構造部分は、構造上、他の区分建物の存立、安全に不可欠な部分であるというべきであって、他の区分所有者が共有持分権を有する共用部分と認定されることがあります。
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他の区分所有者が受ける不利益内容によっては、工事着手時点の全区分所有者の承諾が必要となります。
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切離し工事は、他の区分所有者の賃借権を消滅させることにもなるので、その旨の承諾を取得しておく必要があります。
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切離し工事によって、どうしても不利益が生じる場合には、その不利益を全て列挙した真摯な説明と、真正な承諾を取得する必要があります。場合によっては、承諾を得るために不利益を金銭で補償する必要も生じます。
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切離し工事後、越境が発見されることも多いです。越境が確認できた場合の措置(撤去か、将来撤去か)についても定めておきましょう。
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これらの同意は書面で取得しておく必要があります。同意書をもらっておくことによって、同意を後日翻意されることを防ぐことができます。
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切離し工事を発注するに際しては、請負人である工事業者に対し,工事により連棟建物に損傷を与えないように細心の注意を払うように指示するなど,連棟建物に損傷を与えないために必要な措置を執る注意義務を負っています。
- 後日紛争化した場合に備えて、この指示は口頭で行なうほか、必ず書面でも行なっておく(例えば解体工事の発注書・請負契約書に明記する)べきです。
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以下は法律上の義務ではありませんが、トラブルの発生を抑止するために「切離し工事着手前に」必ず行なっておくべきです。
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連棟建物の外部を他の区分所有者の方と一緒に回って、不具合やクラック(ひび割れ)などを全て写真撮影します。これは工事後になって、工事によって発生した不具合だと言われないための予防策です。
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外周が終われば、少なくとも両隣のお家にお邪魔して、不具合がないか外周同様に確認して回ります。許可をもらって写真撮影も行います。
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壁は境界に対して真っ直ぐに伸びているのかも、建物内から確認します。切離しの結果、両隣の建物側に越境しているなどの問題が発覚すると、切離し後の建築計画に影響を及ぼすおそれがあるからです。
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- 切離し工事・解体工事が施主負担なのは当然です。
- 隣家の壁面の養生工事などの補修工事も、切離しを行なった施主負担で行なうことになります。
- 耐震強度が落ちたことが証明された場合には、元の状態にまで補強する費用も負担する必要があります。
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残った建物が弱体化した場合の補償は、上記のとおり切離しを行なう施主の負担が原則です。
ただし、
- 全ての損害を賠償する旨のいわゆる「全損賠償の合意書」を作成しないように注意する必要があります。
- 工事との因果関係の範囲内で補償を行なえば足ります。
耐震調査については、いつの時点で求められたかによって対応は異なります。
次の3つの時点に分けられると思います。
❶「同意書取得前」に求められた場合
切離し同意書取得前であれば、ある程度の約束をせざるを得ません。
❷「同意書取得後・切離し工事完了前」に求められた場合
すでに同意書を取得している場合には、応じる義務はありません。
しかしながら取壊し後、新築などが予定されていると思いますので、隣地とはできるだけ揉め事を起こさないようにするのが賢明です。
「法的な義務はないこと」を事前に十分な説明をしたうえで、予算の範囲内で、耐震調査に応じることもご検討ください。
❸「切離し工事完了後」に求められた場合
耐震調査を施主の費用で実施すべき法的な義務はありません。
また、切離し前の構造計算ができない状態になっている場合もあろうかと思います。
しかしながら、いざとなれば他の区分所有者がとれる法的手続きも念頭に置いて、穏便に対応されることをオススメします。