役員全員解任登記があった場合の法務局の取扱い(令和2年3月23日付法務省民商第65号法務省民事局商事課長通知)


取締役がその地位を失う理由は「任期満了退任」「辞任」そして「解任」の三つです。

「任期満了」は、定款所定の任期が切れた場合において、再選されなかったときのことを意味します。「辞任」は、取締役自身が会社に対して、その役職を辞したことを意味します。

一方「解任」は、株主と役員の意見があわず、株主が役員をクビにしたことを意味します。したがって(役員の1人だけならまだしも)「役員全員解任」ということは余程の大事である可能性があるわけです。

そこで、法務局も「全員解任登記」が申請された場合については、より慎重に取り扱うことになります。その取扱いを示したのが表記先例(以下「令和2年通知」といいます。)です。

また、令和2年通知は、その仮の地位を定める仮処分【1】と登記との関係に関しても定めています。さらに、令和2年通知は、過去の通知を変更するものですので、変更前後の比較を行います。

 

【1】解任された役員は、裁判所に対して(解任されていないので)現在もその地位にあることを仮に定める仮処分を申し立てることができます。これを「仮の地位を定める仮処分」といいます。

 

もくじ
  1. 【概要】令和2年3月23日付法務省民商第65号法務省民事局商事課長通知
  2. 【全文】令和2年3月23日付法務省民商第65号法務省民事局商事課長通知
  3. 通達変更の影響(変更前後の比較)
  4. 私見
  5. 参考文献 

【概要】令和2年3月23日付法務省民商第65号法務省民事局商事課長通知


役員全員解任登記が申請された場合の取扱いについて、法務省が登記所に指示したこの先例には、この先例には、以下の重要な点が含まれています。

  • 【登記完了後】に、原則として本店(本店移転が同時に申請されていたときには移転前の本店に対して)普通郵便で文書で知らせる。申請権限に疑義がある事案では【登記完了前に】連絡しても良い。
  • 【登記完了前に】解任役員のいずれかから申請書又は添付書類の閲覧請求があれば応じてよい。仮処分申請のため必要等の事情があれば写し交付してよい。
  • 【登記完了前に】仮処分決定書その他一定の公文書が提出されたときは、審査の資料にできる。
  • 【登記完了前に】仮処分申立書を添付した上申書が提出されたときには、一定期間、登記留保してよい。
  • 平成15年5月6日付け法務省民商第1405号法務省民事局商事課長通知の廃止
  • 平成19年8月29日付け法務省民商第1753号法務省民事局商事課長通知の廃止

【全文】令和2年3月23日付法務省民商第65号法務省民事局商事課長通知


令和2年3月23日付法務省民商第65号法務省民事局商事課長通知の全文(登記情報706号67頁)は以下のとおりです。

なお、別紙は、同通達に従って、法務局が会社法人に対して発出する文書の例です。

令和2年3月23日

法務局民事行政部長、地方法務局長宛て

法務省民商第65号

法務省民事局商事課長通知

役員全員の解任を内容とする登記申請があった場合の取扱いについて

(通知)会社又は法人の役員全員の解任を内容とする変更の登記の申請があった場合には,不実の登記を防止する趣旨から,平成15年5月6日付け法務省民商第1405号当職通知及び平成19年8月29日付け法務省民商第1753号当職通知(以下「両通知」という。)により取り扱われているところですが,近時は,不実であることを疑うべき事情がない登記申請や,本来司法判断に委ねるべきである株式の真の帰属を争う者同士による役員解任をめぐる会社の内部紛争等に起因する登記申請についても,両通知により登記を留保するなどの取扱いがされていることから,不実の登記の防止の要請と迅速な公示の要請の均衡を適切に図る必要があります。

ついては,今後は,下記のとおり取り扱うこととしますので,貴管下登記官に周知方お取り計らい願います。

なお,両通知は,本日をもって廃止します。

1 会社又は法人の役員(会計参与を除く。以下同じ。)全員の解任を内容とする変更の登記の申請があり,当該登記をした場合には,登記完了後速やかに,原則として,当該会社の本店又は法人の主たる事務所に宛ててその旨を記載した書面を普通郵便で発送して連絡するものとする(書面の様式は別紙を参考にすること。)。ただし,申請権限に疑義がある事案については,当該登記をする前に連絡することを妨げない。

2 登記完了前に,解任されたとされる役員のうちのいずれかが申請書又は添付書面の閲覧を求めた場合には,届出印又は運転免許証の提示等の適宜の方法により,登記簿上の役員本人又はその代理人であることを確認した上,閲覧に応じて差し支えない。仮処分申請のため必要である等の事情が認められる場合には,適宜,申請書等の写しを交付することも差し支えない。

3 登記完了前に,解任されたとされる代表者から,当該登記申請に係る申請人が代表者の地位にないことを仮に定める内容の仮処分決定書その他の一定の公的文書が提出された場合には,当該公的文書を当該登記申請の審査の資料とすることができる。

4 登記完了前に,解任されたとされる代表者から,当該登記申請に係る申請人が代表者の地位にないことを仮に定める内容の仮処分の申立てを行った旨の上申書(仮処分申立書の写し添付)が提出された場合には,一定の期間に限り,当該申立てに係る仮処分決定(即時抗告審の決定は含まない。)が行われるまでの間は,登記を留保して差し支えない。 

別紙

令和  年  月  日

本店(※)

商号     御中

役員全員の解任を内容とする登記について(お知らせ)

今般,貴社(貴法人)について,役員(会計参与を除く。)全員の解任を内容とする下記の登記申請があり,当該登記をしましたので,お知らせします。

1 受付年月日及び受付番号

令和○○年○○月○○日受付第○○○○号

 

2 解任を内容とする登記がされた役員の資格,氏名及び住所(代表者一人のみ記載)

○○県○○市○○町○○一丁目1番1号

代表取締役○ ○ ○ ○

 

3 新役員の資格,氏名及び住所(代表者一人のみ記載)

○○県○○市○○町○○一丁目1番1号

代表取締役○ ○ ○ ○

 

○○市○町○丁目○番○号

○○(地方)法務局法人登記部門(担当者○○)

電話○○○-○○○-○○○○(内線○○○○)

※ 本店移転の登記が同時に申請された場合は,移転前の本店を記載する。

通達変更の影響(変更前後の比較)


令和2年通知によって廃止された下記二つの通知と、令和2年通知の取扱いを比較すると下表のとおりです。

  • 平成15年5月6日付け法務省民商第1405号法務省民事局商事課長通知(登記研究668号47頁、登記情報504号132頁。以下「平成15年通知」といいます。)
  • 平成19年8月29日付け法務省民商第1753号法務省民事局商事課長通知(登記研究716号116頁、以下「平成19年通知」といいます。)
平成15年通知、平成19年通知での取扱い 令和2年通知での取扱い

役員全員解任登記の申請があった場合、

当該法人に対して「速やかに【1】」「適宜の方法」で連絡する。

役員全員解任登記の申請があった場合、

当該法人に対して原則「登記完了後」「本店宛てに普通郵便」で連絡する。本店移転も同時に申請された場合には、移転前の本店に連絡する。

申請権限に疑義がある場合は「登記完了前」に連絡してもよい。

役員全員解任登記の申請があった場合、

仮処分申立等に必要な場合には、登記簿附属書類【2】について「登記完了前」「閲覧だけでなく写しの交付も」認められる【3】。

同左【2.3】

解任代表者から仮地位仮処分申立書の写しを添付して上申書が提出された場合、裁判所の仮処分決定までの間、登記を留保する。

解任代表者から仮地位仮処分申立書の写しを添付して上申書が提出された場合、登記の留保は「一定期間」に限る。第一審裁判所が仮処分を却下したときは登記は留保されない。

登記完了後、解任代表者から仮処分決定書を添付して解任登記の抹消申請(商業登記法134Ⅰ②、同Ⅱによる同法132Ⅱの準用。)がされた場合は受理される。

左記取扱いは、廃止。

【1】「速やかに」とは「登記完了前」を意味します。

【2】登記簿附属書類とは、申請書、申請書の添付書類を意味します。

【3】登記簿附属書類の閲覧請求は、通常なら「登記完了後」に「閲覧」しか認められないところ、「写しの交付」も認めたものです。もっとも「閲覧」では登記簿附属書類の写真撮影が認められていますので、仮に「写しの交付」が認められなくても支障はありません。

私見


株主は、解任よりも穏便な「辞任(役員が自主的に辞める)」を促すよう心掛ける必要があろうかと思います。

ただし、辞任届を偽造して登記申請を行った場合には、公正証書原本不実記載等罪(刑法第157条)の構成要件に該当し、5年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処せられる可能性がありますので、ご注意ください。

 

また、セルフで登記をなさるような方が、M&A(買収)した会社の役員変更登記をするに際しては、従前役員を「解任」で外すことなど無いようご注意ください。

参考文献


より深い内容を参照したい場合には、下記の雑誌に記載がありますので、ご参照ください。

  • 土手敏行(法務省民事局商事課長)著/商業登記規則逐条解説第4回/登記情報737号74頁/2023年4月1日発行
  • 田口真一郎(司法書士、詳細登記六法編集委員)/近時の重要先例と司法書士実務/登記情報 707号17頁/2020年10月1日発行