会社分割は、既存の会社を二つに分けようという手続ですから、債権者への影響は大きいものです。そこで会社法は、会社分割をする場合には債権者保護手続をするように定めています。
一方で、債権者に悪影響がない一定の場合には、債権者保護手続を丸ごと省略することが先例で認められています。
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会社分割は、包括的な事業承継手続ではありませんので「会社分割をすることに対して債権者から個別に同意」を取り付ける必要はありません。この点は個別の承継手続である事業譲渡とは異なります。会社分割手続における債権者保護手続に関する条文は下表のとおりです。
吸収分割の場合 | 分割会社について | 会社法789 |
承継会社について | 会社法799 | |
新設分割の場合 | 分割会社について | 会社法810 |
新設会社について | 不要 |
簡単に債権者保護手続の流れを説明すると、次のとおりです。
以下の手続は、全て司法書士にご依頼いただくことが可能です。
貸借対照表の公告を行なっていない場合には、「貸借対照表(の要旨)」と「会社分割を行なうので、異議があれば本日から1か月以内に申し出るよう」と公告します。
特に貸借対照表の公告が済んでいない場合には、「申込み」から「掲載」までに日数を要しますのでご注意ください。
掲載された新聞自体が登記の添付書類になります。
「貸借対照表が公告されている官報のページ数」と「会社分割をする旨」を通知します。
通知相手が突然の通知に驚かないよう「※会社法によってこのような通知を行なうこととなっています。特にご異議がなければ、この書面は放置していただいて支障ございません。」などと記載するのが親切です。
無事に債権者保護手続が完了です。
代表者が「異議を述べた債権者はいなかった」旨の上申書を作成し、登記の添付書類とします。
弁済・担保提供・供託などを行ない、それを証明する書類が登記の添付書類となります。
異議を述べることができる債権者(=個別催告を行なう必要のある債権者)は、全債権者ではなく下表のとおりです。
分割会社 |
会社分割後には分割会社に対して債務の履行を請求できる債権者【1】 |
不要 |
上記以外の債権者【1】 | 必要 | |
承継会社 | 全債権者(会社法799Ⅰ②)【2】 | 必要 |
【1】具体的には、下記両方に当てはまる場合には、個別催告の対象となります(吸収分割会社について会社法789Ⅰ②、新設分割会社について会社法810Ⅰ②)。
新設分割計画の定めに従い新設会社の債権者とされる債権者 | かつ | 当該債務について分割会社が重畳的債務引受も連帯保証【3】も行なわない場合 |
(以上、債権者の確認、債権者保護手続につき、家田崇/別冊法学セミナー〔新基本法コンメンタール・会社法3〕/日本評論社/2009)
【2】承継会社は、資産も増える代わりに負債も増えることになります。よって承継会社の全債権者には異議を申立てる機会が必要になります。
【3】連帯保証を行なう場合には、次の問題点が指摘されています。
分割会社が、承継会社に承継させた債務について、その債権者との間で連帯保証契約を締結した場合にも、当該債権者との間では債権者保護手続は不要となる。しかしながら、不法行為債権者や知れていない債権者との間では事実上連帯保証契約を締結することはできないため、不法行為債務等が承継対象に含まれている場合に、連帯保証契約の締結をもって一切の債権者保護手続を省略することは、会杜分割手続の瑕疵となる可能性がある(松井信憲/商業登記ハンドブック(第3版)/商事法務/2015/548p注2) |
重畳的債務引受(併存的債務引受)の場合には、連帯保証同様の問題は発生しません。民法470条3項において「併存的債務引受は、債務者と引受人となる者との契約によってもすることができる。この場合において、併存的債務引受は、債権者が引受人となる者に対して承諾をした時に、その効力を生ずる。」とされているからです。
個別催告を省略できる場合についてジックリと考えていくと、債権者保護手続を丸ごと(公告も個別催告も)省略できるのではないかと思い至ります。
そこで調べてみると、20年も前に登記先例が出ていましたので全文を引用します。
平成13年4月19日付法務省民商第1091号(法務省民商第1090号)法務局民事行政部長(除く大阪)、地方法務局長あて民事局商事課長通知(平成13年3月21日付法登126大阪法務局民事行政部長照会、平成13年4月19日付法務省民商第1090号民事局商事課長回答)
会社分割において債権者に対する公告及び催告を省略することができる場合について(通知) 標記の件について、別紙1のとおり大阪法務局民事行政部長から照会があり、別紙2のとおり回答したので、この旨貴管下登記官に周知方取り計らい願います。
別紙1(照会) 会社分割の手続においては、債権者保護手続として、債権者に対する公告及び催告が必要ですが、分割をする会社に対して分割に際して発行する株式の総数を割り当てる場合(物的分割の場合)には、分割後も分割をする会社に対してその債権の弁済を請求することができる債権者についてはこれを要しないとされています(商法374条ノ4第1項ただし書、同374条ノ20第2項)。 このうち、物的分割の場合であって、分割計画書又は分割契約書中に、分割によって設立する会社又は営業を承継する会社が、分割をする会社から承継する債権債務、雇用契約その他の権利義務に関する事項として、下記一又は二の記載があるときは、公告を含めた一切の債権者保護手続を省略できると考えますが、いささか疑義がありますので、照会します。 記 一 分割によって設立する会社(又は営業を承継する会社)に承継される債務が一切ないこと。 二 分割によって設立する会社(又は営業を承継する会社)が一定の範囲の債務を承継するが、当該債務のすべてについて、分割をする会社が重畳的(併存的)に債務引受けを行うこと。
別紙2(回答) 本年3月21日付け法登第126号をもって照会のあった標記の件については、貴見のとおり取り扱って差し支えないものと考えます。 |
①債権者 | 会社分割に際して、承継会社に承継されない債務の債権者 |
②要件 |
以下のすべての要件を満たす必要がある
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③請求の効果 | 残存債権者は、承継した財産の価額(承継した積極財産の総額)を限度として、承継会社等に対して債務の履行を直接請求できる。 |
④適用範囲 | 人的分割には適用されない。 |
⑤行使期間 |
残存債権者が、残存債権者を害する会杜分割がなされたことを知った時から2年以内に請求またはその予告をしなければならない(時効) 会杜分割の効力発生日から20年で除斥 |
⑥その他 | 分割会社について、破産手続等の法的倒産手続が開始した場合、残存債権者は承継会杜等に対してかかる請求権を行使することができない。 |
(上記表は、森・濱田松本法律事務所編/新・会社法実務問題シリーズ〔9組織再編〈第2版〉〕/中央経済社/2015.11/267pより引用)
その他