令和5年4月1日から導入された遺産分割協議の期間制限


遺産分割協議を放置していませんか?これまでは遺産分割協議には期限はありませんでした。

ところが、法改正により、期限内に遺産分割協議を成立させないと原則として「寄与分」や「特別受益」を主張できなくなり、各相続人が法定相続分で取得することとなります。

『寄与分』とは、被相続人の事業に関する労務提供・財産上の給付、被相続人の療養看護その他の方法により被相続人の財産の維持又は増加について特別の寄与をした者に対して、他の相続人よりも多くの相続分を与える制度(民法904の2)のことです。詳しくは「寄与分(特別の寄与)」を参照ください。

『特別受益』とは、被相続人から、遺贈や贈与を受けた方がいる場合には、遺産分割協議において具体的な相続分を計算上いったん貰った分を遺産に戻して計算する制度(民法903)のことです。詳しくは「特別受益(の持戻し)」「特別受益の持戻し免除」を参照ください。

もくじ
  1. 法改正の趣旨
  2. 新設条文
    1. 「家庭裁判所に遺産の分割の請求」とは?
    2. 遺産分割請求を申し立てなかった相続人は、どうなるのか?
    3. 遺産分割請求を「取下げ」した場合、どうなるのか?
    4. 「やむを得ない事由」とは?
    5. 10年経過【後】に相続人間で成立した「具体的相続分で分割する」合意の効力
    6. 10年経過【前】に相続人間で成立した「10年経過後も具体的相続分を主張できる」合意の効力
    7. その他の方法で、改正民法904の3をひっくり返せるか?
  3. 考えられる新たな火種
  4. 施行日
  5. 経過措置(施行日前に開始した相続の取扱い)
    1. 通常の場合
    2. やむを得ない事由がある場合
  6. 遺産分割の禁止に関する改正
  7. 人気の関連ページ

法改正の趣旨


次の二つの理由です。

  1. 「所有者不明土地問題」の原因となっていると考えられる「遺産分割協議」をいつまでも長引かせず、早くに決着させる必要があるため。
  2. 相続開始から長期が経過すると、証拠の散逸で具体的相続分の算定が難しくなり、遺産分割も困難となるため。

所有者不明土地問題を解消するための国の施策については「所有者不明土地問題を解消するための法改正と施行時期【一覧】」をご覧ください。

新設条文


民法に次の条文が新設されます。

改正民法第904条の3(期間経過後の遺産の分割における相続分)
  前三条の規定(=特別受益者の相続分、寄与分。筆者注)は、相続開始の時から10年を経過した後にする遺産の分割については、適用しない。ただし、次の各号のいずれかに該当するときは、この限りでない。
  1. 相続開始の時から10年を経過する前に、相続人が家庭裁判所に遺産の分割の請求をしたとき。
  2. 相続開始の時から始まる10年の期間の満了前6か月以内の間に、遺産の分割を請求することができないやむを得ない事由が相続人にあった場合において、その事由が消滅した時から6か月を経過する前に、当該相続人が家庭裁判所に遺産の分割の請求をしたとき。

「家庭裁判所に遺産の分割の請求」とは?

  • 遺産分割調停、遺産分割審判の申立を行うことです。
  • 申立さえ10年以内にしていれば、調停成立・審判が10年経過後なされても良い。
  • 申立さえ10年以内にしていれば、寄与分主張は10年経過後でも良い。ただし家裁は、寄与分審判を申し立てるべき期間を定めることができる(家事事件手続法193)。
  • 申立さえ10年以内にしていれば、特別受益主張が10年経過後なされても良い。

遺産分割請求を申し立てなかった相続人は、どうなるのか?

相続人の誰かが、10年以内に申立をしていれば、他の相続人も(10年経過後も)寄与分主張・特別受益主張ができます。

遺産分割請求を「取下げ」した場合、どうなるのか?

遺産分割請求を取下げした場合「初めから係属していなかったものとみな」されます(家事事件手続法82Ⅴ、273Ⅱ→民訴262Ⅰ)ので、請求の効力は生じなかったことになります。

10年経過前に遺産分割請求→10年経過後に遺産分割請求を取下げ→法定相続分(又は遺言による指定相続分)しか主張できなくなる。

相手方となっている相続人も寄与分主張・特別受益主張ができなくなる不利益を負います。

10年経過後に遺産分割請求を取り下げるときには、他の相続人の同意が必要(改正家事事件手続法199Ⅱ、273Ⅱ)

「やむを得ない事由」とは?

主観的事情ではなく、客観的事情である必要がある。

<やむを得ない事由にあたるとされる例>

  • 被相続人が長らく生死不明だったが、遺体が発見され、10年以上前に遭難して死亡したことが判明したなど被相続人の死亡の事実をおよそ知ることができないケース
  • 相続人が精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にあるが、成年後見人が選任されていないケース
  • 遺産分割禁止や審判があるケース
  • 相続開始後10年が経過してから有効に相続の放棄がされて相続人となった者があるケース
  • 遺産分割調停をしていたが相続開始から10年経過「直前に」調停が取り下げられた場合(cf.10年経過「後に」調停を取り下げるためには相手方の同意が必要です。)

<やむを得ない事由に当たらないとされる例>

  • 病気療養中
  • 海外勤務中

やむを得ない事由は、相続開始から10年の期間満了の6か月以内の間のいずれかの時点で存在していれば足り、10年の期間満了前6か月以内の期間の全期にわたって継続して存在している必要はない。

 

(村松秀樹・大谷太編著『令和3年改正民法・不動産登記法・相続土地国庫帰属法』きんざい/2022/249頁、荒井達也著『令和3年民法・不動産登記法改正の要点と実務への影響』日本加除出版/2021/200頁)

10年経過【後】に相続人間で成立した「具体的相続分で分割する」合意の効力

法定相続分又は指定相続分で分割をした方が有利である者が、その利益を放棄して、具体的相続分による遺産分割協議をすることは可能。(村松秀樹・大谷太編著『令和3年改正民法・不動産登記法・相続土地国庫帰属法』きんざい/2022/250頁)

10年経過【前】に相続人間で成立した「10年経過後も具体的相続分を主張できる」合意の効力

かかる合意の効力を認めると法の趣旨が没却されることとなる。消滅時効制度においても、時効完成前に、あらかじめその利益を放棄することはできない(民法146)。改正法は、相続人間のあらかじめ合意されたことを例外事由とはしていない。よって、かかる合意の効力は認められないと解する(村松秀樹・大谷太編著『令和3年改正民法・不動産登記法・相続土地国庫帰属法』きんざい/2022/250頁、荒井達也著『令和3年民法・不動産登記法改正の要点と実務への影響』日本加除出版/2021/202頁)。

その他の方法で、改正民法904の3をひっくり返せるか?

相続開始後10年経過した場合に具体的相続分を獲得する方法はないか?

民法906条により具体的相続分による遺産分割を求めることはできない。

不当利得返還法理により金銭請求もすることはできない。

(村松秀樹・大谷太編著『令和3年改正民法・不動産登記法・相続土地国庫帰属法』きんざい/2022/251頁以下)

考えられる新たな火種


寄与分権利者 特別受益者

親の財産の維持・増加に特別寄与した者

(孝行息子・孝行娘)

||

10年内に遺産分割すれば

寄与分を主張できる。

||

10年内に遺産分割協議を成立させようとする。

親から遺贈や贈与を受けた者

||

10年内に遺産分割に応じれば

貰った分を遺産分割で差し引かれる。

||

10年内は遺産分割の話を避けようとする。

施行日


民法等の一部を改正する法律の施行期日を定める政令(政令第332号)

  民法等の一部を改正する法律(令和3年法律第24号)の施行期日は令和5年4月1日とし、同法附則第1条第2号に掲げる規定の施行期日は令和6年4月1日とすることとした。

経過措置(施行日前に開始した相続の取扱い)


民法等の一部を改正する法律(令和3年4月28日制定法律第24号)

附則第3条(遺産の分割に関する経過措置)

  新民法第904条の3及び第908条第2項から第5項までの規定は、施行日前に相続が開始した遺産の分割についても、適用する。この場合において、新民法第904条の3第1号中「相続開始の時から10年を経過する前」とあるのは「相続開始の時から10年を経過する時又は民法等の一部を改正する法律(令和3年法律第24号)の施行の時から5年を経過する時のいずれか遅い時まで」と、同条第2号中「10年の期間」とあるのは「10年の期間(相続開始の時から始まる10年の期間の満了後に民法等の一部を改正する法律の施行の時から始まる5年の期間が満了する場合にあっては、同法の施行の時から始まる5年の期間)」と、新民法第908条第2項ただし書、第3項ただし書、第4項ただし書及び第5項ただし書中「相続開始の時から10年」とあるのは「相続開始の時から10年を経過する時又は民法等の一部を改正する法律の施行の時から5年を経過する時のいずれか遅い時」とする。

この附則に具体的な日付を入れてみます。

新民法第904条の3(中略)の規定は、令和5年4月1日より前に相続が開始した遺産の分割についても、適用する。

この場合において、

  • 新民法第904条の3第1号中「相続開始の時から10年を経過する前」とあるのは「相続開始の時から10年を経過する時又は令和10年3月31日のいずれか遅い時まで」と、
  • 同条第2号中「10年の期間」とあるのは「10年の期間(相続開始の時から始まる10年の期間の満了後に民法等の一部を改正する法律の施行の時(令和5年4月1日)から始まる5年の期間が満了する(令和10年3月31日)場合にあっては、同法の施行の時から始まる5年(令和10年3月31日)の期間)」と、
  • (略)

とする。

さらに整理すると、次のとおりです。

通常の場合

最初の●は、次のとおり整理できます。

相続開始時期 いつまでに家裁に遺産分割請求が必要か?!
~平成30年3月31日 令和10年3月31日までに
平成30年4月1日~ 相続開始から10年経つまでに

やむを得ない事由がある場合

二つ目の●(やむを得ない事由がある場合)は、次のとおり整理できます。

相続開始時期 いつまでに家裁に遺産分割請求が必要か?!
~平成30年3月31日 令和10年3月31日までの6か月以内に遺産分割請求できないやむを得ない事由が相続人にあった場合には、その事由が消滅した時から6か月を経過する前までに
平成30年4月1日~令和5年3月31日 相続開始から10年の満了前6か月以内に遺産分割請求できないやむを得ない事由が相続人にあった場合には、その事由が消滅した時から6か月を経過する前までに
令和5年4月1日~ 相続開始から10年の満了前6か月以内に遺産分割請求できないやむを得ない事由が相続人にあった場合には、その事由が消滅した時から6か月を経過する前までに

遺産分割の禁止に関する改正


従来の民法でも、被相続人が遺言で「相続開始時から5年間遺産分割の禁止」を定めることができるとされていました。新民法では次の条文を追加し、遺産分割の早期決着を目指しています。

  1. ①共同相続人間の合意による遺産分割の禁止、②家庭裁判所の審判による遺産分割の禁止については、期間5年以内かつ終期を相続開始から10年以内とすべきことが定められました(新908ⅡⅣ)。
  2. これらの合意又は審判を更新する場合、更新期間5年以内かつ終期を相続開始から10年以内とすべきことも定められました(新908ⅢⅤ)。
新民法第908条(遺産の分割の方法の指定及び遺産の分割の禁止)
 
  1. 被相続人は、遺言で、遺産の分割の方法を定め、若しくはこれを定めることを第三者に委託し、又は相続開始の時から5年を超えない期間を定めて、遺産の分割を禁ずることができる。
  2. 共同相続人は、五年以内の期間を定めて、遺産の全部又は一部について、その分割をしない旨の契約をすることができる。ただし、その期間の終期は、相続開始の時から十年を超えることができない。
  3. 前項の契約は、五年以内の期間を定めて更新することができる。ただし、その期間の終期は、相続開始の時から十年を超えることができない。
  4. 前条第二項本文の場合において特別の事由があるときは、家庭裁判所は、五年以内の期間を定めて、遺産の全部又は一部について、その分割を禁ずることができる。ただし、その期間の終期は、相続開始の時から十年を超えることができない。
  5. 家庭裁判所は、五年以内の期間を定めて前項の期間を更新することができる。ただし、その期間の終期は、相続開始の時から十年を超えることができない。
民法第908条(遺産の分割の方法の指定及び遺産の分割の禁止)
 
  1. 被相続人は、遺言で、遺産の分割の方法を定め、若しくはこれを定めることを第三者に委託し、又は相続開始の時から5年を超えない期間を定めて、遺産の分割を禁ずることができる。
  2. (新法で新設)
  3. (新法で新設)
  4. (新法で新設)
  5. (新法で新設)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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