会社は「企業理念」を登記できますか?!


企業にとって「企業理念」は大切なものです。ところが「当社では、企業理念を大切にしている。だから、当社の登記では『企業理念』欄を設けて『当社の企業理念は、○○○○○である。」と登記して欲しい」と、法務局(登記所)に申請しても却下されます。

「企業理念」は「企業理念」のままでは、登記することができません。登記簿は誰が見てもわかる必要があるため、登記できる事項が、法律によって決められています。残念ながら「企業理念」は登記できる事項とはなっておりません。

それでは、他の方法で登記できないのか。例えば、他の欄(区)に「企業理念」を登記することはできないのかというのが、この記事のテーマです。 

もくじ
  1. 企業理念とは
  2. 企業理念を定める意義
  3. 定款記載事項と登記事項は異なる。
  4. 一般社団法人で登記された「企業理念」の例
  5. 先輩司法書士のご見解
  6. 法令の比較
  7. 実際にやってみた
  8. 企業理念を登記する方法
  9. 企業理念を登記するメリット
  10. 企業理念を登記するデメリット
  11. 司法書士の報酬・費用

〔凡例〕この記事では、以下のとおり略記します。

  • 法人法:一般社団法人及び一般財団法人に関する法律

企業理念とは


「企業理念」とは、企業が最も重要視する考え方や価値観を明文化したものです。

具体的には、企業が存在する理由、経営の目的、企業活動の方向性などを含む、企業の根幹となる重要な概念を表しています。

 

企業理念は以下の5つの要素から構成されることが一般的です。

  1. ミッション
  2. ビジョン
  3. バリュー
  4. スタンス
  5. スローガン

 

これらの要素を含めることで、ステークホルダー(従業員、取引先、株主、周辺住民など)にとって理解しやすい「企業理念」を作成できます。

企業理念を定める意義


企業理念を定めた場合、次のような効果が期待できます。

  1. 従業員の共通判断軸の形成
  2. 従業員のモチベーションと生産性の向上
  3. 顧客からの信頼獲得と企業イメージの向上
  4. 企業の価値観に共感する人材の採用
  5. 従業員の組織に対する忠誠心の向上

定款記載事項と登記事項は異なる


定款には任意的に記載することが許されている事項が多数あります(会社法★、定款自治?)。

一方、登記は、画一的処理の要請、迅速処理の要請、があり、登記できる事項は限定されています(会社法★、商業登記法★条)。

一般社団法人の登記された「企業理念」の例


一般社団法人の例

<とある一般社団法人様の「定款」の抜粋>

(目的)

第3条 当法人は、地域で暮らす人々に対し、メンタルヘルスの維持・向上とその人らしく豊かで美しい人生が送れるよう支援するとともに、精神障害の有無や立場にかかわらず、誰もが自分らしく生きることができる社会づくりに寄与することを目的とする。

 

(事業)

第4条 当法人は、前条の目的に資するため、次の事業を行う。

1.介護保険法に基づく・・・

2.介護保険法に基づく・・・

 

<上記法人様の「履歴事項全部証明書」の抜粋>

目的等

目的

 当法人は、地域で暮らす人々に対し、メンタルヘルスの維持・向上とその人らしく豊かで美しい人生が送れるよう支援するとともに、精神障害の有無や立場にかかわらず、誰もが自分らしく生きることができる社会づくりに寄与することを目的とする。

 当法人は、前条の目的に資するため、次の事業を行う。

1.介護保険法に基づく・・・

2.・・・

「定款」では「目的・事業」として格別に定めていたものを、「登記」では「目的等【1】」欄にまとめて登記していることが分かります。

定款第3条(目的)がいわゆる「企業理念」に相当します。

定款第4条(事業)が株式会社における「目的」に相当します。 

 

【1】株式会社などでは「目的」欄であるのに、一般社団法人では「目的等」欄になっている理由は、今回の調査では判明しませんでした。法律の規定の仕方も全く同じなのになぜ「等」と入っているのか、別の機会があれば検討したいと思います。

株式会社の例(企業理念は登記していない。)

株式会社では、企業理念を登記していないことが、ほとんどです。

そもそも定款に企業理念を入れている会社自体が少ないと思われます。

<とある株式会社の「定款」の抜粋>

(目的)

第 2 条 当会社は、次の事業を営むことを目的とする。

1.あなたの街の優秀な『サムライ業』及び優秀な関連事業者のネットワーク化並びに市民・企業への紹介

2.あなたの街の優秀な『サムライ業事務所』に対する診断、援助及び指導

3.『サムライ業』に関する研究、研修、広告宣伝及び印刷物・書籍の発行

4.『サムライ業向けソフトウェア』『サムライ業向け業務マニュアル』の開発、制作及び販売

(以下略)

 

<上記株式会社の「履歴事項全部証明書」の抜粋>

目的

1.あなたの街の優秀な『サムライ業』及び優秀な関連事業者のネットワーク化並びに市民・企業への紹介

2.あなたの街の優秀な『サムライ業事務所』に対する診断、援助及び指導

3.『サムライ業』に関する研究、研修、広告宣伝及び印刷物・書籍の発行

4.『サムライ業向けソフトウェア』『サムライ業向け業務マニュアル』の開発、制作及び販売

(以下略)

一般社団法人では「目的等」欄とされていたものが、株式会社では「目的」欄になっています。

先輩司法書士のご見解


企業理念の登記の可否について、触れているものは、多くありません。

中小企業のための戦略的定款ー作成理論と実務ー

(司法書士グループ・LLP経営360°(編)、野入美和子・杉谷範子・柴富公行・伊藤大輔・猪之鼻久美子・河合保弘(著)『中小企業のための戦略的定款ー作成理論と実務ー』民事法研究会/2008/224頁)

224頁に下の表が掲載されています。そして、表では「登記事項」欄が空欄になっています。したがって、先生方は「企業理念は登記事項ではない」とのご見解であると思われます。

定款の記載事項(任意的記載事項) 登記事項(法911Ⅲ) 関連頁
企業理念等 (書籍では空欄になっています。※佐藤大輔注)

154頁

(企業理念)

  1. 当会社は、・・・・・を第一義と考え、・・・・・に後見する。
  2. 当会社の使命は、・・・・・と考える。
  3. 当会社は、法令と倫理の遵守を日々の活動の根幹に据え、社会的責任の遂行に努める。

第4版 会社法定款事例集 定款の作成及び認証、定款変更の実務詳解

司法書士であれば、全員持っているのではないかと思われる書籍です。

こちらではご見解が明示されています。

企業理念(登記事項ではない。)が広範な事業目的に一定の制限を加えているものと考える。」

(田村洋三(監修)、土井万二・内藤卓・尾方宏行(編集代表)『第4版 会社法定款事例集 定款の作成及び認証、定款変更の実務詳解』(日本加除出版、2021年)100頁)

法令の比較


株式会社でも「企業理念」を登記できるかを検討するためには、一般社団法人に関する規定と、株式会社に関する規定を比較する必要があります。

両社を比較すると、株式会社も一般社団法人と全く同じように規定されていることが分かります。

そうすると、株式会社も一般社団法人同様に「企業理念を登記できる」のではないかと思われます。

一般社団法人の場合   株式会社の場合 
         
法人法第11条(定款の記載又は記録事項)   会社法第27条(定款の記載又は記録事項)
 

一般社団法人の定款には、次に掲げる事項を記載し、又は記録しなければならない。

一 目的

二 (以下略)

   

株式会社の定款には、次に掲げる事項を記載し、又は記録しなければならない。

一 目的

二 (以下略)

         
法人法第301条(一般社団法人の設立の登記)   会社法第911条(株式会社の設立の登記)
 

1 一般社団法人の設立の登記は、その主たる事務所の所在地において(中略)しなければならない。

2 前項の登記においては、次に掲げる事項を登記しなければならない。

一 目的

二 (以下略)

   

1 株式会社の設立の登記は、その本店の所在地において(中略)しなければならない。

2 (略)

3 第一項の登記においては、次に掲げる事項を登記しなければならない。

一 目的

二 (以下略)

         
一般社団法人登記規則第2条(登記簿の編成)   商業登記規則第1条(登記簿の編成)
 

1 一般社団法人等の登記簿は、登記簿の種類に従い、別表第一又は第二の上欄に掲げる各区に区分した登記記録をもって編成する。

 

2 前項の区には、その区分に応じ、別表第一又は第二の下欄に掲げる事項を記録する。

   

1 商業登記簿(以下「登記簿」という。)は、登記簿の種類に従い、別表第一から第八までの上欄に掲げる各区に区分した登記記録をもつて編成する。(以下略)

2 前項の区には、その区分に応じ、別表第一から第八までの下欄に掲げる事項を記録する。

     
一般社団法人登記規則別表第一(一般沙団法人登記簿)※一部抜粋  

商業登記規則別表第五(株式会社登記簿)

※一部抜粋

  目的区|目的     目的区|目的

実際にやってみた


法律上できそうなことであっても、何か落とし穴があるのではないかと、なかなか実行できないのが司法書士です。

そこで、実際にやってみようと思います。お客様の会社で実験するわけにはいきませんので、私たちの会社を使って試してみます。

まず定款を変更します。

<とある株式会社の「定款」の抜粋>

(企業理念)☛敢えてこの定款文言で登記申請してみる。

第2条 当会社は、法律や相談先を知らないことで、不当又は不本意な解決をしてしまう市民や法人が出ない世の中を実現することを目的(企業理念)とする。

 

(事業)

第3条 当会社は、前条の目的(企業理念)に資するため、次の事業を行う。

  1. あなたの街の優秀な『サムライ業』及び優秀な関連事業者のネットワーク化並びに市民・企業への紹介
  2. あなたの街の優秀な『サムライ業事務所』に対する診断、援助及び指導
  3. 『サムライ業』に関する研究、研修、広告宣伝及び印刷物・書籍の発行
  4. 『サムライ業向けソフトウェア』『サムライ業向け業務マニュアル』の開発、制作及び販売

(以下略)

次に「目的変更登記」を申請します。

次のように登記が完了しました。

<上記株式会社の「履歴事項全部証明書」の抜粋>

目的

 当会社は、法律や相談先を知らないことで、不当又は不本意な解決をしてしまう市民や法人が出ない世の中を実現することを目的(企業理念)とする。

 当会社は、前記目的(企業理念)に資するため、次の事業を行う。

1.あなたの街の優秀な『サムライ業』及び優秀な関連事業者のネットワーク化並びに市民・企業への紹介

2.あなたの街の優秀な『サムライ業事務所』に対する診断、援助及び指導

3.『サムライ業』に関する研究、研修、広告宣伝及び印刷物・書籍の発行

4.『サムライ業向けソフトウェア』『サムライ業向け業務マニュアル』の開発、制作及び販売

(以下略)

 

 

企業理念を登記する方法


まず定款を整えます。

企業理念を登記しないので良ければ、どこに定めても良いです。

  • 「Q64 企業理念の定款への記載/株式会社の定款の「目的」の前に企業理念を記載したいのですが、可能ですか。また、実例はありますか。/A 定款の任意的記載事項として定められますし、定めている上場会社もあります。企業理念があって、営む事業が決まりますから、定款第1条(商号)に続いた第2条で定める例が多いようですが、日本国憲法のように「前文」で定めることも可能です。もっとも、この変更には、定款変更決議が必要ですから、社是は社是、企業理念は企業理念、定款は定款とする会社がほとんどです。」神﨑満治郎・金子登志雄・鈴木龍介 編著『商業・法人登記500問』(テイハン、2023年)116頁
  • 定款の第1章総則の前に「前文(企業理念)」として記載した例が掲載されています(司法書士グループ・LLP経営360°(編)、野入美和子・杉谷範子・柴富公行・伊藤大輔・猪之鼻久美子・河合保弘(著)『中小企業のための戦略的定款ー作成理論と実務ー』民事法研究会/2008/80頁)

ところが、企業理念を登記したい場合には、定款に定めるべきですし、定款でも規定すべき場所が決まっています。

第1条(商号)

第2条(企業理念)→ここです。

第3条(事業)

企業理念を登記する意義


公開されていない定款よりも、誰にでも公開されている登記をすることにより、より印象的に

 

企業理念を具体的な事業目的として登記することは新たなマーケティング戦略としても活用できる。

 

差別化の手段

 

デメリット

登記した企業理念を変更するためには・・・

定款変更のための株主総会決議が必要になります(社長や取締役会の一存では変更できません。)。

登記のために登録免許税3万円がかかります。

司法書士の報酬・費用


「壁打ち」もする旨を明示