遡及効がある場合には、相続登記手続きは、簡便に行うことが可能です。
一方、「相続分の譲渡」には、遡及効がないとするのが、登記実務です。
「相続分の譲渡」には、遡及効がないことを理解せずに利用すると、最終的に一人の名義にするために、複数回の登記を行う必要があります。複数回の登記を行うと、費用も余分にかかります。
この記事では「相続分の譲渡」を利用した場合でも、最少回数の登記で完了させる方法を解説しています(司法書士向けの記事です。)。
| もくじ | |
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| 相続分の譲渡 | 遺産分割協議 | |
| 体裁 |
二者間の契約。他の相続人の意向は関係ない。 相続分譲渡証書への実印押印+印鑑証明書 |
相続人全員で合意する必要あり。 遺産分割協議書への実印押印+印鑑証明書 |
| 遡及効 | 遡及効なし | 遡及効あり(遺産分割協議成立の効果は、相続開始時まで遡ります。民909) |
| 登記 |
(遡及効がないので、原則として)法定相続分で登記した後、譲受人【1】への移転登記を要する。 |
法定相続登記を行なうことなく、遺産分割協議で相続人となった方へ直接移転登記可能。 |
| 時期 | 遺産分割協議前に限ってすることができる(民法905Ⅰ)。 | ー |
【1】相続分譲渡の相手方(譲受人)は、共同相続人以外の者であっても良いとされています。
他の共同相続人は、1か月以内に、その価額及び費用を償還して、その相続分を譲り受けることができます(民905)。
相続分の譲渡が行われた場合、相続分譲渡人は右譲渡により遺産分割手続の当事者適格を失ない、相続分譲受人が遺産分割協議に参加できるようになります(大阪高決昭和54年7月6日家月32巻3号96頁・WestlawJapan)
相続分の譲渡は、遡及効がなく、複雑な登記を行う必要があります。
それにも関わらず、次のような場合には、ニーズがあります。
もう少し詳しく説明すると、次のようなニーズです。
相続人が10名(ABCDEFGHIJ)いる場合において、B~JはJが相続することに合意しているが、相続人Aだけが協力してくれない。ところが、Aの息子であるaは「親父(Aさん)が亡くなったら協力する」と言ってくれている。
Jには、B~Iからだけでも、先に押印をもらっておきたいというニーズがあります。B~Iが、認知症になる可能性や、(B~Iが亡くなった場合には)更に相続人が増える可能性や、その相続人が協力してくれない可能性などがあるからです。
相続人が10名(ABCDEFGHIJ)いる場合において、遺産分割協議に応じない相続人がいるときには、遺産分割調停を申し立てます。
遺産分割調停を申し立てるときには、相手方を少しでも減らしておきたいというニーズがあります。
(遺産分割調停は、相手方相続人の住所地が、管轄する裁判所になります。相続分の譲渡をすると、管轄裁判所が遠方になる可能性があります。)
ニーズがあるからには、司法書士は理解しておく必要があります。
おそらく「相続分の譲渡」という概念を初めて認めた登記通達です。
法定相続登記が入った後、相続人に贈与しているので(遺産分割共有ではなく物権共有になっており)遺産分割ではないのではないかという法務局からの照会に対して、民事局が「遺産分割で良いんだよ」と回答しています。
民事局は、判断の前提として、法定相続登記後の贈与を「共有持分の贈与」ではなく、「相続分の贈与」と考えていることが分かります。
| 要旨 | |
| 共同相続登記後贈与の登記がなされている場合の遺産分割審判書に基づく登記の登記原因証書等 | |
| ●共同相続登記後相続人1人が他の相続人の所有権の持分の贈与を受け、登記がなされていても、共同相続人間の権利の変動である場合には、遺産分割審判書を登記原因証書として取り扱って差し支えない。 | |
| 照会 | |
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遺産分割審判書にもとづく登記の登記原因等について 【2468】 別紙(二)及び(三)のとおり登記のされている不動産について別紙(一)のとおり遺産分割の審判がなされたが、当該審判書にもとづく登記の登記原因等につき左記の疑問を生じましたので、差しかかつた事件でもあり至急電信にて何分の御指示をお願いします。 記 一、この遺産分割審判書は遺産分割による登記の登記原因を証する書面となるかについて、左記両説あり、イ説を相当と考えるが疑義がある。 イ、審判書に記載の不動産中、別紙(二)の甲区登記事項の物件は、共同相続登記後共同相続人間ではあるが、すでに持分贈与の登記がなされているので、被相続人の相続財産と看るべきでなく、共有財産であると考えられるから共有物分割である。又、別紙(三)の甲区登記事項の物件は、相続財産であるが審判は共同相続人全員を当事者としていないので、遺産分割の審判と看ることができない。したがつて、この審判書は遺産分割による登記原因を証する書面とならない。 ロ、審判書に記載の不動産中、別紙(二)の甲区登記事項の物件については、共同相続登記後贈与の登記がなされているが共同相続人間の変動であるので依然被相続人の相続財産と看るべきであるから、この審判書は、遺産分割による登記の登記原因を証する書面となるが、別紙(三)の甲区登記事項の物件についてはイ説と同様と看る。 二、もし前号イ説を相当とすると、別紙(二)の甲区登記事項の物件については、この審判書を登記原因を証する書面として、登記原因を共有物分割とする登記は出来ないでしようか。 三、この審判書を登記原因を証する書面とするも、登記申請は、登記手続を命じていないから当事者双方の申請によらなければならない。 |
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| (別紙1) | |
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審判
長野県小県郡東部町大字常田○番地 申立人 A 前同所 申立人 B 前同所 相手方 C 前同所 相手方 D 前記当事者間の昭和33年(家)第17号遺産分割審判事件について当裁判所は参与員○○の意見を聴いて下記の通り審判する。 一、本籍肩書地亡甲某の申立人Aに対する遺産並びに同本籍亡乙某の申立人両名及び相手方両名に対する遺産を下記の通り分割する。 (一) 別紙第2目録の物件は申立人Aの所有とする。(三課注別紙目録略) (二) 別紙第3目録の物件は相手方C(持分35/42)及び同D(持分7/42)の共有とする。(三課注別紙目録略) (三) 申立人Bに対し相手方Cをして金123,381円、同Dをして金24,676円の各債務を負担させ、相手方両名は申立人Bに対しこれを速かに支払え。 (四) 相手方両名は申立人Aに対し別紙第2目録の農地、山林及び動産を引渡せ。 <以下省略> |
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(別紙二)
(別紙二)の続き。「共同人名票」といいます。
(別紙三)省略
| 回答 | |
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客年3月7日付2登1第107号をもつて問合せのあつた標記の件については、次のとおり考える。
記 一、(ロ)説を相当と考える。 二、(一)により了知されたい。 三、貴見のとおり。 |
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┌──相続人A
(被相続人)X────┼──相続人B
└──相続人C
ABがCへ相続分譲渡した場合、ABCで遺産分割協議した場合の登記手続きは、次のとおり。
| ABがCへ相続分譲渡した場合 | ABCの遺産分割協議でCが相続した場合 |
| || | || |
| 相続分の譲渡 | 遺産分割協議 |
<本来行うべき登記>
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のみをすれば良い。 |
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<登記先例により認められた中間省略>
のみをすれば良い。 (昭和59年10月15日民三5195回答) |
| 昭和59年10月15日民三5195回答 | |
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見出し:相続分譲渡による相続登記の可否 |
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要旨:共同相続人A・B・C・DのうちA・B・Cがその相続分をDに譲渡した場合は、被相続人名義の不動産につき、A・B・Cの印鑑証明書付相続分譲渡証書を添付して、Dから、D1人を相続人とする相続登記を申請することができる |
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┌──相続人A
(被相続人)X────┼──相続人B
└──相続人C
AのみがCへ相続分譲渡した場合、ABCの遺産分割協議で1/3B、2/3Cとなった場合の登記手続きは、次のとおり。
| AのみがCへ相続分譲渡した場合 | 遺産分割協議で1/3B、2/3Cが相続した場合 |
| || | || |
| 相続分の譲渡 | 遺産分割協議 |
<本来行うべき登記>
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のみをすれば良い。 |
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<登記先例により認められた中間省略>
のみをすれば良い。 (昭和59年10月15日民三5196回答) |
| 昭和59年10月15日民三5196回答 | |
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見出し:相続分譲渡による相続登記の可否 |
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要旨:被相続人Aの共同相続人B・C・D・E・F(法定相続分各5分の1)のうち、C・D・Eがその相続分をBに譲渡した場合には、被相続人名義の不動産につき、B持分5分の4、F持分5分の1とする相続登記をすることができる |
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┌──相続人A
(被相続人)X────┼──相続人B
└──相続人C
AのみがCへ相続分譲渡し、その後BC間で遺産分割協議しCが相続した場合の登記手続きは、次のとおり。
<本来行うべき登記>
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<登記先例により認められた中間省略>
のみをすれば良い。 (昭和40年12月7日民事甲3320回答) |
| 昭和40年12月7日民事甲3320回答 | |
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見出し:相続分を譲渡する旨の記載のある遺産分割調停調書を添付して申請された相続登記の取扱い |
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要旨:家事調停による遺産分割協議が成立し、その協議書中に子の1人が「その相続分を他の相続人に譲渡する」旨の意思表示をしているときは、譲渡者の持分を均等に他の相続人に配分し、被相続人名義の不動産について譲渡者を除いた相続人に、直接相続を原因とした所有権移転登記をして差し支えない〔持分については昭和55年5月17日法律第51号「民法及び家事審判法の一部を改正する法律」によって変更された。〕 |
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| 昭和40年9月27日付日記登第255号津地方法務局長照会 | |
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相続分譲渡に関する調停調書を添付してなされた相続による所有権移転登記申請の取扱いについて 【3308】 当管内松阪支局長より、別紙遺産分割調停調書を添付し、持分妻(ミツエ)1/3、子(守正、容子、富子)各2/9の割合で申請された相続による所有権移転登記の受否につき左記疑義があるため指示を求められましたところ、当職としては、 (1) さしつかえない (2) (ロ)説による と考えますが、調停調書の表現が相当でないと思料される点もあり決しかねますので何分の御指示をお願いします。 (注) ミツエは被相続人の配偶者、他は子である旨については申請書に添付されている戸籍謄本により明らかである。 記 (1) 行江の相続分を含め、行江を除く他の共同相続人に直ちに相続による所有権移転登記をしてさしつかえないか。 (2) 本調停調書による所有権移転があつた結果取得する各共同相続人の持分は、 (イ) 妻2/5子各1/5(行江の相続分を他の相続人の相続分の割合で帰属させる) (ロ) 妻3/8子各5/24(行江の相続分を平等に帰属させる) (ハ) 妻1/3子各2/9(申請書のとおり) (ニ) 妻1/4子各1/4(調停により各相続分は平等となる) (ホ) 調書に各人に譲渡された割合が記載されていないから持分は不明 のいずれに解するか。 |
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別紙 調書(遺産分割調停事件)抄 調停条項 本件遺産分割調停事件において、被相続人北村恵一所有にかかる遺産の範囲を別紙目録(省略)記載のとおり合意のうえ、次のとおり分割した。 1、申立人中山行江は被相続人名義の別紙物件目録(省略)について有する相続分を、相手方北村ミツエ、同守正、同容子、同富子に譲渡し、同人等の共有であることを認めること。 2 上記対価として、相手方北村ミツエ外3名は申立人に対し金170,000円也の金員を払うこと。(本日、調停委員会の面前で上記金員の授受を完了した。) 3、当事者双方は、今後いかなる名義をもつてするも、互に財産上の請求はしないこと。 4、本件調停費用は各自弁のこと。 |
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| 昭和40年12月7日付民事甲第3320号民事局長回答 | |
| 昭和40年9月27日付日記登第255号をもつて照会のあつた標記の件については、いずれも貴見のとおりと考える。 | |
| 弁護士法第23条の2に基づく照会(数次相続人間における相続分譲渡と所有権移転登記手続)について(照会) | |
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別紙事案において、平成3年10月1日にA、戊及びXが相続分をBに2分の1、Cに2分の1譲渡しました。なお、B及びCの間で遺産分割の協議はされていません。 この場合、昭和59年10月15日付け法務省民三第5195号民事局第三課長回答を前提として、被相続人甲名義の不動産についてA、B、C、戊及びXが共同相続人であるとみなし、印鑑証明書付相続分譲渡証書を添付して、B及びC両名から、両名を相続人とする相続登記はできないのでしょうか。 仮に戊及びXの相続分の譲渡が共同相続人に対する譲渡ではなく、第三者に対する譲渡であるとしても、前記民事局第三課長回答に従えば右登記が可能と思料されますがいかがでしょうか。 |
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| 回答 | |
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客年10月30日付け第7709号をもって照会のあった標記の件について、左記のとおり回答します。
記 所問の事案においては、
を順次申請するのが相当であると考えます。 なお、右の3の登記については、B及びCは、持分全部移転登記請求権を代位原因としてXへの移転登記を申請することができるものと考えます(不動産登記法第46条ノ2)。 おって、右の4の登記については、登記権利者及び登記義務者とが共同して申請することを要します(同法第26条第1項)ので、念のため申し添えます。 |
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| 平成30年3月16日民二137通知 | |
| 異順位の共同相続人の間で相続分の譲渡がされた後に遺産分割協議が行われた場合における所有権の移転の登記の可否について | |
| ●異順位の共同相続人の間で相続分の譲渡がされた後に遺産分割協議が行われた場合において、登記原因を証する情報として、相続分譲渡証明書及び遺産分割協議書を提供して「平成年月日(A死亡日)D相続、平成年月日(D死亡日)相続」を登記原因とする所有権の移転の登記の申請は、他に却下事由が存しない限り、登記をすることができる | |
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー下記(通知)から書き起こした相続関係、事実関係は次のとおりです。
時系列も①→②→③③→④で表現しています。
┌──相続人B③EFに相続分譲渡
(被相続人)A①死亡────┼──相続人C③EFに相続分譲渡
└──相続人D②死亡──再転相続人EF④EFで遺産分割協議
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
異順位の共同相続人の間で相続分の譲渡がされた後に遺産分割協議が行われた場合
における所有権の移転の登記の可否について(通知)
【5684】 標記について、別紙甲号のとおり名古屋法務局民事行政部長から当職宛てに照会があり、別紙乙号のとおり回答しましたので、この旨貴管下登記官に周知方お取り計らい願います。
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別紙甲号
不登第52号
平成30年3月9日
法務省民事局民事第二課長 殿
名古屋法務局民事行政部長 前田 幸保
異順位の共同相続人の間で相続分の譲渡がされた後に遺産分割協議が行われた場合
における所有権の移転の登記の可否について(照会)
甲不動産の所有権の登記名義人Aが死亡し、その相続人B、C及びDによる遺産分割協議が未了のまま、更にDが死亡し、その相続人がE及びFであった場合において、B及びCがE及びFに対してそれぞれの相続分を譲渡した上で、EF間において遺産分割協議をし、Eが単独で甲不動産を取得することとしたとして、Eから、登記原因を証する情報(不動産登記令(平成16年政令第379号)第7条第1項第5号ロただし書、別表22の項添付情報欄)として、当該相続分の譲渡に係る相続分譲渡証明書及び当該遺産分割協議に係る遺産分割協議書を提供して、「平成何年何月何日(Aの死亡の日)D相続、平成何年何月何日(Dの死亡の日)相続」を登記原因として、甲不動産についてAからEへの所有権の移転の登記の申請があったときは、遺産の分割は相続開始の時にさかのぼってその効力を生じ(民法(明治29年法律第89号)第909条)、中間における相続が単独相続であったことになることから、他に却下事由が存在しない限り、当該申請に基づく登記をすることができると考えますが、いささか疑義がありますので照会します。
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別紙乙号
法務省民二第136号
平成30年3月16日
名古屋法務局民事行政部長 殿
法務省民事局民事第二課長
( 公 印 省 略 )
異順位の共同相続人の間で相続分の譲渡がされた後に遺産分割協議が行われた場合
における所有権の移転の登記の可否について(回答)
本月9日付け不登第52号をもって照会のありました標記の件については、貴見のとおり取り扱われて差し支えありません。
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| 平成4年回答 | 平成30年通達 |
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異順位の相続人への相続分の譲渡が行われた。 (平成30年通達と同じ) |
異順位の相続人への相続分の譲渡が行われた。 (平成4年回答と同じ) |
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相続分の譲渡後、遺産分割協議が行われず、相続分の譲渡だけで決着している。 ☛相続分の譲渡だけでは、遡及効がない。 |
相続分の譲渡後、遺産分割協議を行っている。 |
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中間における相続が単独相続であったことに・・・ならない。 |
中間における相続が単独相続であったことに・・・なる。 |
| ▼ | ▼ |
| 最終取得者に直接相続登記をすることはできず、法定相続登記をしたうえ、相続分譲渡をすべて登記する必要が生じる。 | 最終取得者に直接相続登記をすることができる。 |
平成4年回答における「照会」をもう一度ご覧ください。
「なお、B及びCの間で遺産分割の協議はされていません。」と記載されています。
BC間で、最後に遺産分割協議※をしていれば、1回の相続登記で済んだと思われます。
※ 「BCが法定相続分で相続する」内容の遺産分割協議。
譲受人が共同相続人ではなく第三者の場合、中間省略することはできません。
①一度、相続人全員への共同相続登記をした上で、②相続分の譲渡を原因とする持分移転登記を申請する必要があります 。
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