一般的な事業譲渡では、事業譲渡契約書の締結日(押印日)に、事業の譲渡(譲渡対象資産の所有権移転)が行われることは少なく、クロージング日を別に設け、クロージングの前提条件が整ったことを確認した後、譲渡代金を支払うことで譲渡対象資産の所有権が移転します。

この記事では、譲渡対象資産に動産が含まれている場合において、クロージング日に行うべき事項を解説しています。

もくじ
  1. 動産譲渡の対抗要件
  2. 事業譲渡における動産の引渡し方法
  3. 引渡完了確認書の作成
  4. 引渡完了確認書の記載事項
  5. 参考文献

〔凡例〕この記事では、次の法令が出てきます。法令名が長いときは、次のとおり略記します。

  • 動産債権譲渡特例法:動産及び債権の譲渡の対抗要件に関する民法の特例等に関する法律(平成十年法律第百四号)

動産譲渡の対抗要件


売買当事者の対抗要件と、第三者に対する対抗要件は異なる。

動産の所有権は、当事者の意思表示のみによって効力が生じます。したがって、事業譲渡の実行をもって、譲渡対象である動産の所有権は譲渡会社から譲受会社に移転します。このため、譲受会社は譲渡会社に対して、特別な手続なしに動産の所有権を主張することができます。

 

ただし、譲受会社が、第三者に対して、動産の所有権を主張するためには、その動産の「引渡し」が必要です(民法178条)。この対抗要件を備えなければ、譲渡会社が第三者に二重譲渡を行った場合に、譲受会社はその第三者に対して権利を主張できません。

民法第178条(動産に関する物権の譲渡の対抗要件)
  動産に関する物権の譲渡は、その動産の引渡しがなければ、第三者に対抗することができない。

 

「不動産を購入したら、登記する」のと同じように、「動産を買ったら引渡しを受ける」ようにしましょう。不動産の所有権について、買主は売主に対して、特別な手続きなしに動産の所有権を主張することができる一方、買主が第三者に対抗するためには、登記が必要です。

 

引渡しの方法

民法で定められている引渡しの方法には、以下の4種類があります。

  1. 現実の引渡し(民法182条1項)
    (具体例)売主が買主に商品を手渡す。
  2. 簡易の引渡し(民法182条2項):譲受人がすでに物を占有している場合、意思表示のみで行う。
    (具体例)賃借人が借りている物を賃貸人から買い取る。
  3. 占有改定(民法183条):譲渡人が譲渡後も引き続き占有する場合に、譲渡人が「以降、譲受人のために占有する」という意思表示をすることで占有移転する方法。
    (具体例)AがBに売却後、Aがその物をBから借りて、そのまま使用する。
  4. 指図による占有移転(民法184条):譲渡人の代理人が占有する場合に、譲渡人が代理人に対して「以降、譲受人のために占有するよう」命じ、譲受人がそれを承諾する方法。なお、占有代理人の承諾は不要です(後掲『図解で早わかり』71頁)。
    (具体例)倉庫業者の保管する物を売却し、買主もそのまま倉庫業者に保管させる場合。

会社法人が動産を譲渡した場合【1】においては、民法178条の引渡しに代えて、動産譲渡登記を行うことにより、対抗要件を具備することも可能です(動産債権譲渡特例法3条)。

  物の移動 占有者の変化 対抗要件 質権設定の引渡し 即時取得
現実の引渡し あり  明確
簡易の引渡し なし 占有の性質変更 ○ 
占有改定 なし 所有名義のみ変更 ×(民法345条) ×【2】
指図による占有移転 なし 間接占有の移転 ○ 

【1】動産譲渡登記制度は、個々の動産だけではなく、集合動産も対象ですが、以下の動産は対象外です。

  1. 自動車、航空機、船舶など、特別法により登記・登録制度が設けられている動産
  2. 倉荷証券や船荷証券などが作成されている(動産動産債権譲渡特例法3条括弧書き) 

また、動産譲渡登記は、譲渡人と譲受人の共同申請によって、譲渡人の会社登記に紐付いた動産譲渡登記ファイルに登記されます。

動産譲渡登記は、唯一の対抗要件ではないため、譲受人から譲渡人に対して登記への協力を強制することまではできないと思われます。譲受人が、譲渡人に対して、動産譲渡登記を求める場合には、事業譲渡契約書に「動産譲渡登記を行う」旨を明記しておけば、譲渡人も協力してくれるでしょう。

【2】最判昭和35年2月11日民集14-2-168

事業譲渡における動産の引渡方法


事業譲渡においては、譲渡対象の動産が多数であったり、譲渡後も動産が譲渡人の下で稼働を続ける場合があるため、動産の引渡し方法は「現実の引渡し」ではなく以下の方法も考えられます。

  • 占有改定による引渡し:譲渡人が動産を占有したまま、以後は譲受人のために占有する意思を表示する方法です。この場合、契約書に「占有改定の方法により引渡しを完了した」と記載することで引渡しが完了します(後掲『契約書作成の実務と書式』210頁)。
  • 指図による占有移転:倉庫業者など第三者が占有する動産を譲渡する場合に用いられる方法です 。この場合、譲渡人と第三者との間で覚書を交わすことが多い(後掲『契約書作成の実務と書式』210頁)。

しかし、これらの「引渡し方法」は、実際に引渡しがあったのか、外から見ても分かりづらく、後日証明することも困難です。そこで、クロージング日に、引渡証や覚書を作成する必要があるのです。

引渡完了確認書の作成


動産譲渡の第三者に対する対抗要件は、第三者よりも「早く」引渡しを受けることです。

「引渡完了確認書」に確定日付の付与を受けることで、「引渡し」の時期の立証を容易に行うことができます。

もう少し詳しく説明します。誰がより早く引渡しを受けたのか証明するためには、書類に「確定日付」を取得します。確定日付が押印してあることで、遅くとも、その「確定日付」までには文書が成立していた(引渡しが行われた)ことを証明することができるためです。

 

  • そこで、実務上は、引渡し日を明確にするために、契約書や覚書を作成するだけでなく、公証役場で確定日付を取得することが多いとされています(後掲『契約書作成の実務と書式』210頁)。
  • 実務上は、譲受人に対する『引渡し』をなし、譲渡契約書に確定日付を取得して対抗要件を備えた上で、その後改めてその動産譲渡について登記申請を行うことが多いです。/なお、『引渡し』及び『登記』による対抗要件を備えた場合であっても、即時取得(民192)は成立し得ることに留意は必要です。(後掲『事例でみる』179頁)」

記事「確定日付の効力と要件(契約書には確定日付があった方が良いのか?)」もご参照ください。

引渡完了確認書が必要なその他の理由

「引渡完了確認書」には、次のような効果があります。

  • 責任移転時期の明確化: 譲渡対象の財産が引き渡されたこと及びその時期を明確にし、それ以降の故障や紛失の責任が買主にあることを明確にします。
  • 税務の補足資料:事業譲渡契約の成立時期と所有権移転時期が異なる場合に、譲渡対象の財産が引き渡された時期を明確にする補足資料となります。
  • 契約不適合責任の起算日が明確になります。
  • 固定資産税等の精算日が明確になります。
  • 各動産の引渡し状況が明確になります。

引渡完了確認書は、不動産売買でも作成するのが通常ですので、より複雑で引渡しするものが多い事業譲渡で作成しないことはあり得ません。

引渡完了確認書の記載事項


次のような内容を記載します。

(これらが記載されていれば、文書のタイトルは何でも結構です。)

  1. 引渡日
  2. 引渡し方法:動産が別々の場所(所在場所)に保管されており、所在場所ごとに動産の引渡し方法が異なるときは、所在場所ごとに記載します。
  3. 引渡した動産の目録:型番、数量など動産をできるだけ特定して記載します。
  4. 引渡し未了の動産の目録:譲渡対象財産のうち、引渡しが未了のものはその旨を記載します。

これらが記載されていることを確認し、譲渡会社、譲受会社が記名押印します。

引渡証には、確定日付を取得しましょう。

確定日付が必要な理由は、上記のとおりです。

また、確定日付を取得するためには、その文書が完成していることなどの条件があります。詳しくは、記事「確定日付の効力と要件(契約書には確定日付があった方が良いのか?)」を参照ください。

参考文献


  • 編集/大西隆司(弁護士)『事例でみる スタンダード債権回収手続 -専門家の視点と実務対応-』新日本法規/2019年
  • 阿部・井窪・片山法律事務所/編『契約書作成の実務と書式 第2版 企業実務家視点の雛形とその解説』有斐閣/2019年
  • 森公任 監修/森元みのり 監修『図解で早わかり改正対応!民法のしくみと手続き』三修社/2020年